表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢に、ひきこもりが転生。貧乏平民からの無双。リリカ・ノクスフォードのリベリオン  作者: 織部


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/91

百万ゴールドの壺

「……とにかく、一度帰って、ナイルと話をしなきゃ」


 心臓の奥に、また石を詰め込まれたような重さを覚える。けど、逃げてばかりはいられない。

 私はナイルとガンツ、二人と正面から向き合うと決めた。立会人はセバスチャン。面会は別々だ。


 まずは、ナイル。


「私はね、思ってることを正直に話すわ。そのほうがきっと届くと思うの」


 彼は無言でうなずき、眼鏡を指先で整えた。小さな仕草が、彼の真面目さを雄弁に語っている。

 最初に抱いた“腹黒い商人”なんて印象は、とっくに消えていた。


「……わかりました。私も特別な思想があるわけではありません。それより……モリス教授との関係、どうなさいます?」


「そこが問題なんだよね」


 眼鏡のブリッジを直す彼を見て、私は小さく笑う。するとセバスチャンが口を開いた。


「では、ナイルには……スパイをしてもらう、というのはどうでしょう?」


「スパイ!?」

 思わず声が裏返る。ナイルがスパイって、どう考えても似合わない。


「わかりました。ぜひやらせてください。……得意なんですよ、こういうの」


 本人は自信満々。いや、どの口が言ってるの?


 ともあれ次はガンツだ。

 セバスチャンは最初から彼を疑っていなかった。


「彼は、困っている人間を放っておけない性分ですから」


「そうそう、お嬢!」

 ガンツが豪快に笑う。

「俺はあんたについてくぜ。なんてったって“社員”だろ、俺たち!」


 “社員”という言葉が少し照れ隠しっぽく聞こえる。彼なりの忠誠表現なのだろう。


「……でも、あなたの仲間には――」


「わかってる」

 ガンツが真剣な目を向けてくる。

「教授に肩入れしてる奴もいる。そいつらはナイルに預ける。……俺はお嬢を信じる」


 迷いのない言葉だった。ガンツがナイルを信じ、私は二人を信じる。それでいい。



「そうだ、ナイル。訴えられてるって言ってたわね」


「はい。イセヤ達の大商会です。理由は……まあ独占の方便ですね」


「なら、逆に訴えましょう」


「えっ!? で、ですが、リリカ様の立場が――」


「立場? そんなのもう無いわ」

 ――いや、違う。守りたいから戦うんだ。誇りも、自由も、仲間も。


「ですが、それではモリス教授と繋がっていると――」


「もう思われてるでしょ? 逆に説明するチャンスよ。ナイル、敵の敵は味方じゃないわ!」


「ええっ!? そ、その理屈は飛躍しすぎでは……!」


 彼の困惑顔に、私はふっと笑った。私の目指す道は簡単じゃない。でも、示さなきゃならない。父が望んだ未来を。



 ナイル商会が伊勢屋と紀伊國屋を訴えた――その噂は、瞬く間に王都を駆け巡った。

「無謀だな。報復されるぞ」

 実際、大商会はギャングを使って嫌がらせを仕掛けたが……残念、それはもう我々の支配下だ。


「前金はありがたくいただいた」

「寄付の名目で。いい心がけだわ」


 彼らは約束違反だと訴えることすらできない。だが、次の一手はもっと露骨だった。警備隊を差し向けてきたのだ。


「ドノバン、お願い」

 私は渋々、頭を下げる。

「お安い御用。もちろんリリカ様も一緒ですよね?」

 またその嘘くさい笑み。

「……ええ、一緒よ」



「ナイルはいるか! 不正の疑いがある、捜査に入るぞ!」


 警備隊が乱入し、陶磁器を次々と放り投げた。高価な器が粉々に砕ける。

「お静かに願えますか、商談中で――」

「黙れ!」


 隊長の拳がナイルを殴り飛ばした。眼鏡が宙を舞い、床で砕ける。私の胸が締めつけられる。


「誰だ、邪魔をするのは?」

 私とドラガンが飛び出すと、隊長は顔をしかめ――そしてドノバンを見て固まった。


「う、うるさい商人風情が――」

「“商人風情”で悪かったな」


「ど、ドノバン様!? そ、それは全部隊長の命令で!」

 隊員たちが一斉に正座して、隊長を指差した。


「入り口の陶磁器、俺のだぞ。国宝級だ。弁償してもらおうか」

「な、ナイル商会の商品では……」

「いや、リリカ様に贈ろうと置いていた。……置いた俺が悪いのか?」


「ドノバン。器物損壊罪と損害賠償、彼らの過失です。時価で十分でしょう」

「そうか。じゃあ百万ゴールドで」


 ふっかけた。警備隊長の年収が数十ゴールドだと知っていて。

 隊員たちは砕け散った破片を呆然と見つめていた。


 その中に――小さく光るレンズ。砕けたナイルの眼鏡。

 私はその欠片を見つめ、静かに息を吸う。


 もう奪われるだけの娘では終わらない。

 守る。戦う。そして掴む。


 私は拳を握った。

 ――ここからが、私たちの始まりだ。

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ