エミリア寮とソレリア寮
翌日。私は、ドノバンとエマと一緒に、王国学園の奨学生合格発表を見に出向いた。
「……名前、ありましたよ!」
エマが掲示板の前で声を上げる。
当然といえば当然だが、それでも胸がすうっと軽くなった。
「よかった。パーシーも受かってた!」
「当たり前だろ!」
振り返ると、声の主――パーシー本人が立っていた。合格通知を握りしめて、勝ち誇ったように笑っている。
「えー? でもターゲット、落とせてなかったじゃない?」
軽くからかうと、
「うぐっ……お前と一緒にするな! この……馬鹿魔力女!」
パーシーは耳まで真っ赤にして叫んだ。
「おい、今お前、リリカ様に馬鹿って言ったな。こっちに来い!」
ドノバンが、ものすごい形相でパーシーの腕をつかんだ。
「あー、やめて、ドノバン。気にしてないわ」
私はドノバンを制して、今にも泣きそうな顔のパーシーを庇ってやった。
――少しだけ、かわいかったから。
「あら、おめでとうございます、リリカ様」
背後から、甘ったるい声がかかった。
――出たぁ、スミカちゃんだ。
彼女は先日の試験で助手をしていたが、どうやら今は正式な助手として雇われたらしい。
「初めまして、パーシーです」
「スミカです。おめでとう。よろしくね!」
スミカは人懐こい笑みを浮かべ、パーシーの顔を覗き込んだ。
その笑顔――ぱっと見は清楚、だが腹の底が読めない。いや、小さいパーシーを見下しているのがわかる。
案の定、パーシーはその外見にまんまと騙されて、にこにこと上機嫌。
……まったく、カンクローと言い、男ってやつは。
「スミカさん」
声が落ち着いて、低く響いた。
ドノバンだ。彼女の姿を見た瞬間、表情を険しくして口を開いた。
「リリカ様の、つまらない噂を流すのはやめていただきたい」
「ご、誤解です! 私、そんなことしてません!」
スミカは手を振って否定する。
「リリカ様は有名だから、周囲のやっかみが出るんですよ。ほんとに、信じてください!」
「君の言葉は信じない」
ドノバンの声は冷ややかだった。
「つまらぬことは、言わぬことだ」
いつになく語気が強い。
――でも、そのドノバンを見て、私は心のどこかで少しだけ、好感度が上がってしまった。
「あ、そうだ」
思い出したように、私は声をかけた。
「勝負に負けたスミカちゃんには、今度うちに来てもらうわ。私が寮に引っ越す前に、ちゃんと招待するから」
スミカの顔がひきつった。
「ひえええ……それではっ!」
慌てて逃げていく背中を見送りながら、私はふっと笑った。
※
「学生寮を見にいきましょうよ! リリカさまぁ」
「そうね。そうしましょう」
ゲームの舞台の一つは、学生寮もあった。リリカは家から通っていたが、主人公の聖女ソフィアは学生寮に住んでいた。
「ふふふ、ついに来た!」
私が勝手知ったる、学園の奥深く。静かな場所に建つ白亜の建物――その姿を見た瞬間、思わず声が漏れた。
「ここがエミリア寮ね!」
そう言って正面の門に足を踏み出そうとしたそのとき、ぐいっとエマに引っ張られた。
「リリカ様、違います。そこはエミリア寮、貴族寮ですよ」
「えっ? でもソフィアはここだったでしょ?」
「あの方は聖女様ですから、貴族枠です」
エマは淡々と告げた。
「リリカ様は、ソレリア寮ですよ」
うぐっ……。
「こっちです。さらに奥です。ソレリア寮は男女共用ですが、入り口が分かれてるんです」
彼女に導かれて歩くと、平屋の建物が見えてきた。手前に立てられた掲示板には、
「男子寮入り口 ← 女子寮入り口 →」
と、はっきり書かれている。
「さて、ここで別れるな」
ドノバンが立ち止まった。
「パーシー、おまえを男子側に案内してやる。部屋は俺の部屋の隣にしよう。空いてたはずだ」
「え? ドノバンって、貴族寮じゃなかったの?」
「俺は特例で、両方に部屋があるんだ。貴族ばっかりといると、気が詰まるだけだからな」
パーシーは驚いたようにドノバンを見上げていた。
「じゃ、リリカ様。またあとで」
そう言って、ドノバンとパーシーは男子寮側へと歩いていった。
※
私とエマは女子寮側へ。
警備員のいない門をくぐると、そこはまるで江戸時代の長屋のようなつくりだ。木造の平屋がロの字に連なり、中庭の中央には井戸が据えられていた。
建物の一室は仕切りのないワンルームで、小さなキッチンがあるだけ。隣の部屋は、エマだ。
「うーん……やっぱり屋敷から通おうかな。狭いし」
いや、半分くらいは家から通いたい。
中庭では洗濯物を干したり、長椅子に座って井戸端会議をする生徒たちがたくさんいた。もうすぐ新学期みんな帰ってきて会話の花を咲かせていた。
エマを見かけて、何人かが声をかけてきたが、私を見ると、さっと距離を取った。
「エマ、私の悪口言ってたのね?」
「違いますよぉ、元々の悪評ですよー」
ひどい言い草だ。でも、人見知りモードに突入している私にとっては都合がよかった。
「みんな、聞いて! 自己紹介するわ。私はエマ。ここに住むことになりましたぁ!」
その場にいた生徒たちから、ぱちぱちと拍手が起きる。
「それと、リリカ様も住みます。リリカ様は、奨学生試験にトップの成績で合格されましたぁ、もちろん、平民クラスですぅ!」
やめて。生徒たちの視線が痛い。私はエマの小さな背に隠れるようにして身を縮めた。
「さあ、挨拶を!」
エマは私を捕まえて、前に突き出す。彼女の目は笑っていた。もう、しょうがないな。震える体を必死に抑えて大声を出した。
「リリカ・ノクスフォードです。よろしくお願いします!」
誰も拍手なんてしないと思っていたが、意外にも、大きな拍手が起きた。
「……どうして?」
「何を言ってるんですか? みんな、貴女の境遇を知ってますよ。これは、応援の拍手です」
なぜか、私の中から熱いものが溢れ出た。これは、私個人に向けての応援なのだ。
頑張るわ、リリカ。彼女の魂に語りかけた。
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