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断罪された悪役令嬢に、ひきこもりが転生。貧乏平民からの無双。リリカ・ノクスフォードのリベリオン  作者: 織部


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36/91

真実

 私の声に、ドノバンは渋々剣を納めた。けれど、その視線はモリスを刺すように睨んだままだった。

 その瞬間、モリスの口元がわずかに緩んだ。


 ほんの一瞬。だが、私にはわかってしまった。

 ――あれは、勝利の笑み。静かに、確実に相手を制していく者の。


「……どうして、父は共和国制を支持したのかしら?」

 問いながら、胸の奥に小さな鈍い痛みが灯る。

 聞いているのは彼だけど、本当は、自分自身に問うていた。


「なぜ? 言うまでもありません。バルト殿は民衆の味方でした。真の民主主義の理解者だったからです」

 ……違う。それは、父の一部であって、すべてじゃない。


 ノクスフォード家は、長く王政の盾だった。

 父はその立場にあってなお、信念を通した人だった。そんな言葉で括れるはずがない。


「それよりも……リリカ、美しいあなたが、こうして苦労をしているかと思うと、胸が痛みますよ」

 そう言って、彼は私の髪にそっと手を伸ばした。

 その動作は滑らかで、ごく自然だった。まるで、ずっと昔からそうしてきたかのように。


「……そう」

 その瞬間、私の中で何かが崩れ落ちた。

 柔らかく、無音で。けれど、確かに――壊れた。

 これは、優しさなんかじゃない。


 私にはわかる。人の触れ方には、境界がある。

 触れられて嫌な時と、触れていたいとき。その差を、本能が知っている。


 ドノバンが、その手を静かに掴んで止めた。

 強くはない、けれど決して譲らぬ拒絶だった。

「失礼。つい、いつも通りに」

 モリスはさらりと笑った。まるで、空気のように。


 だがその眼差しは、笑っていなかった。

 反応を計るように、冷たく、奥底まで覗き込むようだった。


 ドノバンの頬がかすかに引きつっていた。

 それは怒りではない。悔しさ。きっと、私よりも早く気づいていたのだ。


 ――あれ? モリスとリリカって、そんなに親しかったっけ?

 ゲームの記憶にはなかった。彼女の推しは、ドノバンだったはず――


「ナイルが、もうすぐ裁判だって言ってたわ。私が弁護に立つつもりよ」

 あえて話題を切り替えた。


 けれど、それも一種の試しだった。

「ああ、ナイルから聞きました。あなたのその志に、感謝します、リリカ。でも、焦ることはありません。


 法廷は、やがて革命の舞台になる。あなたがそこに立つことで、人々は未来を想像するのです」

 そう言って、彼は私の手を取った。思ったよりも、強く。


 何かを確かめるように、あるいは、何かを握りしめるように。

……あれ? 私の調薬の腕も、法律知識も、驚いてない。

 興味が無いのか、それとも――必要としてないのか。


「……痛いわ、モリス教授」

「あなたが立つだけで、市民は希望を見出す。王都での葬儀の噂も、ここまで届いていますよ。

 バルト殿は、革命の殉教者となった。そしてあなたは――悲劇の象徴です」


「ええ。王都の人々は、父に敬意を払ってくれました」

 ようやく、私はその手を振りほどいた。

 その一連の動作は、静かで、でも確かな決別だった。


――殉教者?

 違う。父は、ただ、殺されたのに。

「それじゃあ、次の予定があるから、帰るわ」

「今度は、リリカだけで来なさい」

 耳元に寄せられた声は、妙に優しかった。

 けれど、その響きの奥に、なにかしら決めつけたような圧を感じた。


「帰ろう、リリカ様」

 ドノバンが扉を開け、私の手を引いて歩き出す。

 私は――振り返らなかった。

 けれど、焼きついていた。


 あの笑み。あの手。あの言葉の選び方。

 悪の軍団の一員? 違う。

 もしかしたら、彼こそが――悪の軍団の支配者だったのかもしれない。


「……大きな間違いをしていたのかもしれない」

 私は、リリカの魂に語りかけるように呟いた。

 彼女を責めているわけじゃない。


 これは――私自身の問題。

 足元を見ていなければ、また同じように、転んでいたわ。


 ※


 私は帰り道、少し歩きたいと言った。

「それじゃあ、良いところがありますよ」

 王都西の外れを横断する大河の河原。


 夏の夕陽が川面に揺れていた。

 その光の中を、私はゆっくり歩く。

「ドノバンも来なさいよ」

「いいのかい」


 ふたり、並んで歩いた。

 川の向こうには、静かな森が広がっている。

 しばらく、言葉もなく歩いた。


「ドノバン、あなたはどうして私といるの?」

 彼は少しだけ照れて、視線を外した。

「今さら、何を言ってるんですか? リリカ様……あなたのことが好きだからですよ」


 頬が熱くなる。すぐに誤魔化すように言葉を返した。

「それって、聖女ソフィアに振られたからでしょ?」


 けれど、私自身が聖女だった時、彼をリリカに押しつけるように扱っていたのを思い出して――後悔した。


 つまらない意地だった。

「そう思われているのなら、まだまだですね。ソフィアには、相談をしていただけです」


「ふうん……私は、これから今までと違う道を歩むわ。つまり、すべてを一度捨てる」

 それは、悪の軍団との決別かもしれない。

 でも、そうしなければ辿り着けない真実がある気がする。


「リリカ様。私は、あなたを応援しますよ」

 ドノバンは、穏やかに、まっすぐに微笑んだ。

 ――きっと、全員が、それぞれの思惑で動いている。


 だからこそ、私は、私の信じる道を見極めていかなければならない。

「じゃあ、まず……ドノバンとの関係を切るところから」


「おい! 俺には、リリカ様を利用しようなんて気は無いぞ!」

 思いがけず、真剣に怒る彼が少し可笑しくて――

 私はようやく、肩の力を抜いた。


「……まあ、そうか。取り消す。……物好きだね」

 彼の方が、私よりもずっと、自由だった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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