真実
私の声に、ドノバンは渋々剣を納めた。けれど、その視線はモリスを刺すように睨んだままだった。
その瞬間、モリスの口元がわずかに緩んだ。
ほんの一瞬。だが、私にはわかってしまった。
――あれは、勝利の笑み。静かに、確実に相手を制していく者の。
「……どうして、父は共和国制を支持したのかしら?」
問いながら、胸の奥に小さな鈍い痛みが灯る。
聞いているのは彼だけど、本当は、自分自身に問うていた。
「なぜ? 言うまでもありません。バルト殿は民衆の味方でした。真の民主主義の理解者だったからです」
……違う。それは、父の一部であって、すべてじゃない。
ノクスフォード家は、長く王政の盾だった。
父はその立場にあってなお、信念を通した人だった。そんな言葉で括れるはずがない。
「それよりも……リリカ、美しいあなたが、こうして苦労をしているかと思うと、胸が痛みますよ」
そう言って、彼は私の髪にそっと手を伸ばした。
その動作は滑らかで、ごく自然だった。まるで、ずっと昔からそうしてきたかのように。
「……そう」
その瞬間、私の中で何かが崩れ落ちた。
柔らかく、無音で。けれど、確かに――壊れた。
これは、優しさなんかじゃない。
私にはわかる。人の触れ方には、境界がある。
触れられて嫌な時と、触れていたいとき。その差を、本能が知っている。
ドノバンが、その手を静かに掴んで止めた。
強くはない、けれど決して譲らぬ拒絶だった。
「失礼。つい、いつも通りに」
モリスはさらりと笑った。まるで、空気のように。
だがその眼差しは、笑っていなかった。
反応を計るように、冷たく、奥底まで覗き込むようだった。
ドノバンの頬がかすかに引きつっていた。
それは怒りではない。悔しさ。きっと、私よりも早く気づいていたのだ。
――あれ? モリスとリリカって、そんなに親しかったっけ?
ゲームの記憶にはなかった。彼女の推しは、ドノバンだったはず――
「ナイルが、もうすぐ裁判だって言ってたわ。私が弁護に立つつもりよ」
あえて話題を切り替えた。
けれど、それも一種の試しだった。
「ああ、ナイルから聞きました。あなたのその志に、感謝します、リリカ。でも、焦ることはありません。
法廷は、やがて革命の舞台になる。あなたがそこに立つことで、人々は未来を想像するのです」
そう言って、彼は私の手を取った。思ったよりも、強く。
何かを確かめるように、あるいは、何かを握りしめるように。
……あれ? 私の調薬の腕も、法律知識も、驚いてない。
興味が無いのか、それとも――必要としてないのか。
「……痛いわ、モリス教授」
「あなたが立つだけで、市民は希望を見出す。王都での葬儀の噂も、ここまで届いていますよ。
バルト殿は、革命の殉教者となった。そしてあなたは――悲劇の象徴です」
「ええ。王都の人々は、父に敬意を払ってくれました」
ようやく、私はその手を振りほどいた。
その一連の動作は、静かで、でも確かな決別だった。
――殉教者?
違う。父は、ただ、殺されたのに。
「それじゃあ、次の予定があるから、帰るわ」
「今度は、リリカだけで来なさい」
耳元に寄せられた声は、妙に優しかった。
けれど、その響きの奥に、なにかしら決めつけたような圧を感じた。
「帰ろう、リリカ様」
ドノバンが扉を開け、私の手を引いて歩き出す。
私は――振り返らなかった。
けれど、焼きついていた。
あの笑み。あの手。あの言葉の選び方。
悪の軍団の一員? 違う。
もしかしたら、彼こそが――悪の軍団の支配者だったのかもしれない。
「……大きな間違いをしていたのかもしれない」
私は、リリカの魂に語りかけるように呟いた。
彼女を責めているわけじゃない。
これは――私自身の問題。
足元を見ていなければ、また同じように、転んでいたわ。
※
私は帰り道、少し歩きたいと言った。
「それじゃあ、良いところがありますよ」
王都西の外れを横断する大河の河原。
夏の夕陽が川面に揺れていた。
その光の中を、私はゆっくり歩く。
「ドノバンも来なさいよ」
「いいのかい」
ふたり、並んで歩いた。
川の向こうには、静かな森が広がっている。
しばらく、言葉もなく歩いた。
「ドノバン、あなたはどうして私といるの?」
彼は少しだけ照れて、視線を外した。
「今さら、何を言ってるんですか? リリカ様……あなたのことが好きだからですよ」
頬が熱くなる。すぐに誤魔化すように言葉を返した。
「それって、聖女ソフィアに振られたからでしょ?」
けれど、私自身が聖女だった時、彼をリリカに押しつけるように扱っていたのを思い出して――後悔した。
つまらない意地だった。
「そう思われているのなら、まだまだですね。ソフィアには、相談をしていただけです」
「ふうん……私は、これから今までと違う道を歩むわ。つまり、すべてを一度捨てる」
それは、悪の軍団との決別かもしれない。
でも、そうしなければ辿り着けない真実がある気がする。
「リリカ様。私は、あなたを応援しますよ」
ドノバンは、穏やかに、まっすぐに微笑んだ。
――きっと、全員が、それぞれの思惑で動いている。
だからこそ、私は、私の信じる道を見極めていかなければならない。
「じゃあ、まず……ドノバンとの関係を切るところから」
「おい! 俺には、リリカ様を利用しようなんて気は無いぞ!」
思いがけず、真剣に怒る彼が少し可笑しくて――
私はようやく、肩の力を抜いた。
「……まあ、そうか。取り消す。……物好きだね」
彼の方が、私よりもずっと、自由だった。
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