罠と契約
黒船屋の場所は、商人二番街と呼ばれる、大店のある伊勢屋や紀伊國屋の裏通りだ。
残念ながら、私のゲームの記憶には無かった。
「すいません。ペリーさん、いらっしゃいませんか?」
「ああ、こちらにかけて少しお待ちください」
ちょっと露出が高くて、媚びた感じのミニスカートの店員が、艶めいた笑みを浮かべて裏に下がっていく。
新しいおしゃれに改装された店内には、魔道具が所狭しと飾られている。どれも最新式のようだ。
「へえ、すごいな!」
ナイルたちもその価値がある程度はわかるようだが、やはり見慣れないものも多いらしい。
はい、私の出番ですね。私は同行者たちを前に、少し得意げに説明を始めた。
「これは冷蔵庫ね。氷魔法の魔石を組み込んでいるの。たとえば……肉や果物を長期間保存できるのよ」
興味深そうに見つめるセバスチャン。
「で、これはクーラー。空気を冷やして部屋を涼しくするわ。構造としては、魔石の冷気を循環させて……」
「よくご存知で! リリカ様」
その声に振り向くと、ペリーと思われる男が立っていた。
気持ちよく説明していた私は、途端に少し恥ずかしくなる。
スーツをきっちりと着こなし、知的で優しそうな雰囲気の男だ。さっきナイルから事前に話を聞いていなければ、つい信用してしまったかもしれない。
訛りがあるのが気になるが、どこの言葉だろうか。
「どのようなご用件でしょうか? 大勢でこられて……」
私たちは、大通りの空き店舗を借りたい旨を伝え、中を見せてほしいと話した。
「もちろん、構いませんよ。鍵をお渡ししましょうか?」
「いえ、ご一緒いただけないかしら?」
こちらを嵌める気満々の相手に、単独行動をしたら、どんな難癖をつける気なのかわからない。
「少し用事が立て込んでまして……」
「いつなら空きますか? ゆっくり待ちますよ。――じゃあ、次の魔道具はこれね」
私は話を打ち切り、魔道具の説明を再開した。
「……なんとかしましょう」
背後から、観念したようなペリーの声がする。
「ありがとう。助かるわ」
「ところで、誰かお住まいになるのですか? どんな商品を? いくらくらいのものを販売予定ですか?」
根掘り葉掘り尋ねてくる。適当に答えておいた。
空き店舗について、さっそく内見することにした。簡ふ単に扉は開いた。
「どうぞ、お入りください!」
「いえ、お先にどうぞ」
薄暗い屋敷だ。何があるかわからない。いや、間違いなく何がある。
ペリーは渋々といった様子で、先に足を踏み入れる。
――がちゃがちゃーん。
「ぎゃあっ!」
――ドサドサドサッ。
「大丈夫ですか?」
私たちは、暗視スキルを持つセバスチャンを先頭に移動していた。
彼が、床に尻もちをついたペリーを起こしてあげる。
「あら、壺でも割っちゃいましたか? これは高そうですね」
ナイルがすかさず、手持ちの明かりを灯す。
みんな、このお化け屋敷的な仕掛けに気づいていて、あえて無邪気を装ってからかっていたのだ。
そのことに気づいて、ペリーの顔が憮然とする。
「お怪我がなくて何よりです。変な紐とか、落ちそうな壺は片付けていいかしら?」
私の言葉を合図にしていたかのように、全員が一斉に動き出す。
※
あっという間に罠は撤去された。
「なかなか、良さそうね。一ヶ月いくらかしら?」
破格の値段だった。
私は契約のため、ドノバンと二人で黒船屋の事務所に戻ることにした。
そのとき――ペリーがほくそ笑んでいるのを、私は見逃さなかった。
「それじゃあ、さっそくこちらにサインを」
事務所に戻るなり、自信を取り戻したように契約書を差し出してくるペリー。
「あら、この契約書、王国の定めた契約書じゃないわね?」
「よくご存知ですね。でも、問題ありませんよ」
どの口が言うのかしら。この契約内容、どう見ても不平等条約よね、ペリーくん。
「そうね。黒船屋にとっては問題ないでしょうけど。でも、ダメよ。ここは王国だから」
私は、あらかじめ準備しておいた正式な契約書に金額を書き込むと、ペリーに渡した。
「これじゃあ受けられませんね。黙って私の出した契約書にサインを」
その言葉と同時に、いつの間にか柄の悪い黒船屋の店員たちがぞろぞろと現れ、私を取り囲み始める。
まるで威圧するように、私の身体に触れんばかりに――いや、実際に触れてきている。
「近いんだけど……」
私は軽く風魔術を使って、彼らをふわりと押し返す。
仕方ない。ここは狂犬に吠えてもらうとしましょう。
――いや、もうすでにかなり不愉快そうで、顔が怖い。
「ねえ、どう思う? 王国の法律に反した契約を結ばせようとしてくるの?」
ドノバンに尋ねる。
「それは良くないな。黒船屋には、監査が必要なんじゃないか?」
「はぁっ⁉︎ そんな脅しに屈する黒船屋ではないぞ! 小僧ごときが、馬鹿にするな!」
ペリーが、それまでの上品な雰囲気をかなぐり捨てて叫ぶ。いや、これは恫喝だ。
ドノバンも、一番言われたくないことらしく、表情が変わっている。
商売人のくせに、相手の身元確認すら怠るとは。傲慢すぎるのではないかしら。いつもこんなふうに、威圧的な交渉を仕掛けているのだろうか。
「私の契約書にサインしてくれれば、不正な契約書を勧めたこと、黙っておいてあげるわ。ドノバン王子も寛容だから、許してくれるはずよ」
「王子? 誰が?」
こいつら、本当に王国民なのだろうか? もしかして帝国の商人なのでは?
「ここにいるのは、国王の甥、ドノバン王子じゃないの? 知らないの?」
私を取り囲んでいた店員の一人が、ペリーの耳元に何かをささやく。
とたんに、ペリーの顔色が真っ青に変わる。
「ああ、もうわかった! とっとと帰ってくれ!」
私が差し出した王国の契約書を、苛立ちまぎれに投げつけてよこした。
「ああ、貴重な置き物は、セバスチャンが持ってくるから安心してね。それと、変なお客様は昼も夜もお断りだから」
私は、ドノバンの腕を取り、黒船屋をあとにした。
私に腕を取られた彼は、明らかに機嫌を戻していた。
「ドノ、お店の警備をお願いね!」
「リリカ様、任せておけ」
その一言で、影の軍団が動き出すのだろう。
「さて――お店のデザイン、決めなきゃ。良い場所を安く手に入れたわ」
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