黒船屋
楽しいパーティだった。けれど、多くの人と話したせいで、人酔いしてしまった。
にぎやかで、笑顔を振りまいて、あれこれ気を使って──まるで、いつもの自分じゃないみたい。
……これが本当の、私?
社交的で、軽やかで、少し芝居がかった笑みを浮かべて。
でも、それってリリカの性格じゃない? この体の、元の持ち主の……。
「まさか、混ざりだしてる……?」
ふとそんな感覚が胸をよぎった。ゲームの知識だけでは説明できない感情や、ふと浮かぶ記憶。
それは、ゲームプレイ中には見たこともない場面だったりする。
「……まあ、いいか」
どちらにせよ、体を借りているのは私。
楽天的に受け止めるのは、きっと元からの私の性格なのだろう。
パーティの間、ドノバンがずっと付きまとってくると思っていたけれど、意外と他の人たちと楽しそうに談笑していた。
ちょっとほっとしたような──でも、どこか寂しさもあった。
つい、声をかけてしまう。
「明後日、合格発表らしいから……学園に行くの、付き合いなさいよ!」
「もちろん、リリカ様のお供をさせていただきます!」
満面の笑み。何気ない一言に、ドキッとさせられるなんて……。
案内役なんて、よく考えたらエマに任せればよかったかもしれない。
※
その夜、初めて──自分の屋敷、自分の部屋に泊まった。
カンクローによって物置にされていた部屋は、セバスチャンとエマの手で元の状態に戻されていた。
私の中に、奇妙な違和感がないのも、それが理由だろう。
「お前たちに売るのは屋敷だけだ! 中のものは俺のだ、こっちで売る!」
カンクローが言い出したときは困ったけれど──
「ここでスミカちゃんと食事会するんだけど、一緒にどう?」
……態度が一転。やっぱりあの女、只者じゃない。
もしかしたら、あの聖女様よりも腹黒い気がするから、おすすめはしないけどね。
仕事の遅いカンクローに、むしろ感謝しつつ──
私は、ようやく手に入れた自分の寝床で横になる。
「せっかく広いベッドなんですから、一緒に寝ましょうよ〜!」
エマがずかずかやってきて、許可も取らず潜り込んできた。
「広いベッドなのに、狭くなるじゃない……」
昼間のメイド仕事と片付けで疲れたのか、エマはすぐに寝息を立てはじめた。
私の部屋には、静かな月光が差し込んでいる。
そのとき──戸を、コンコンと叩く音がした。羽ばたきのように、軽やかに。
「あら、ティア様」
「いや、ナイルの家に行ったら、ここだって教えてくれてね。何かあるかい?」
「パーティの残りでよければ。……ところで、ティア様は帝国のことに詳しいですか?」何せ、伝説のドラゴンだ。多くの歴史を見てきたはずだ。
キッチンから、残り物を並べて軽く夜食。ティア様は意外に美味しそうに食べる。
「それで、何が知りたい?」
「今の帝国についてです」
「知らん。明日にでも行って、調べてこよう。……ふむ、料理は、あやつの方が上手いな。腹一杯だ。じゃ、おやすみ」
私のベッドに入り込もうとするティア様に、せめて身を清めてからとお願いする。
ティア様は、体を淡い緑の光で包む。
──魔術で、汚れを祓ったのだ。
「すごい……この魔術、覚えたい!」
「これは生活魔術の基礎だ。今度教えてやろう」
私は、エマとティア様に両脇を囲まれて眠った。
少し重いけど、ほんのり温かい夜だった。
※
翌朝。ティア様の姿は、もうなかった。行動の早いドラゴンらしい。
その日、ナイルたちと一緒に商店街を歩いた。店舗探しのためだ。
「ここなんてどう?」
大通りの裏道だが、人通りはある。悪くはない、だけど──
「うーん、小さくてもいいから、大通りがいいわ」
もちろん、大通りは家賃が高い。でも私は、高級ブランドを作るつもり。妥協はしない。……問題は、私にブランド戦略の見識が皆無なことだ。
そんなとき、小さな空き店舗を見つけた。大通りの端っこにひっそりと。
「ここなんて、どうかしら?」
「ここは……有名な幽霊屋敷ですよ!」
ナイルが青ざめて私を見る。
「どんな幽霊が出るのかしら? でも、ここなら安そうね。どう思う?」
私の発言に、エマとナイルは完全に引き気味。顔を横に振る。
でもセバスチャンは、まさかの頷き。
あら、これで二対ニ。私は、民主主義者。多数決を重んじるわ。
「ドノバン、あなたはどう思う?」
例の追跡者。毎朝遠くから私を監視する、妙に律儀な変わり者。
「ここですか、入って調べましょうか?」
臆面もなく、私たちの前に飛び出すドノバン。さすがだわ。
「それが早いわね」
扉には管理者の張り紙があった。
『お安くお貸しします! 黒船屋 ペリーまでお問い合わせください』
よし、行ってみましょう。
普段なら突入するところだけど、鍵がかかっていて人通りも多い。ここは冷静に。
「家宅不法侵入で捕まるのは、ちょっとね。ルールは、守れる時は守る主義だから」
「あまり評判のいい賃貸屋でありません。地上げや立ち退き、怪しい契約……」
ナイルが不安げに言う。
「まあ、事前情報はそのくらいにして……正面突破しましょう」
むしろ、やる気が出てきた。
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