逃げ去る恋
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特待生試験の翌日。あの面接は、私にはなかった。表向きは「みんな知っているから」とだけ説明されたが、結果発表も一切なかった。
胸の奥に、違和感がくすぶる。だけど、問いただす元気すらなかった。ただ、今日は疲れただけ──それだけだった。
帰ろうと足を動かすと、背後からパーシーの捨て台詞が耳を刺した。
「学校じゃ、こうはいかないからな!覚えてろよ!」
……まるで悪役の決め台詞。こらえきれずに笑いが込み上げてくる。
「あら、特待生試験、合格するかしらね?」
皮肉を込めた軽口に、パーシーの表情がみるみる崩れ、泣きそうになってその場にへたり込んだ。
「……ごめん、ごめん。たぶん、大丈夫よ。あなたは」
私は彼の細い手を取り、起こした。小さいけれど、骨ばっていて、土の匂いがした。
──農家の子だろうか。家族や村の希望を背負い、この街まで来たのだろう。
私が落ちるなら、実力じゃない。妨害、意図的なものに違いない。学園は「王国から独立した教育機関」と自称しているが、私は信じない。
たぶん、私を貶めるための策略だ。しかし、大観衆の前で実力を示した以上、不正は噂されるだろう。
学園がどう動くか、見ものだ。
「最初はあいつらに会いたかったけど……もうどうでもいいわ」
心の奥で何かが静かに軋み、崩れ、変わり始めていた。
※
ナイル商店──私たちの拠点は、私の里帰り中に二度も襲撃されていたらしい。正確には襲撃未遂。
貧民街の治安は普段安定している。むしろ私たちが守っているのだ。
だから、犯人は間違いなくよそ者だ。
狙いは明確だった。私たちが作る薬だ。
──欲しいわよね。残念ながら渡さないけど。
「怪我はなかったの?」
「知らない男の人が助けてくれました」
「どんな人?」
「金髪の美少年で、優しい顔立ち。剣の腕もすごかった……」
ガンツの部下の説明は曖昧だった。深夜の襲撃でそこまでわかるか?
「彼の周り、光って見えたんです……」
「……ああ、もういい。わかった」
説明は不要だった。誰かすぐにわかった。
──最悪。絶対に関わりたくないタイプだ。
「でも、お礼くらいはしないと……」
「私のストーカーが強盗に鉢合わせしただけ。そんな奴に感謝状なんて出すか?」
思い出すだけで気が滅入る男。
「こんばんは、リリカ様はご在宅でしょうか?」
──うわ、本当に来た。
「おお、ドノバン殿」
セバスチャンが丁寧に応対する。
「あー、ドノ!久しぶりじゃん!何してたの?」
エマが飛び出し、嬉しそうに抱きつく。
──まさかエマの好きな人って、そいつなの?
「シシルナ島に里帰りしてたんだ。ようやく戻ったよ。いろいろあった。ところで、リリカ様は?」
「待ってて、呼んでくるね! きっと喜ぶわ。会いたがってたし!」
ニコニコのドノバン。……おい、エマ。私は一言もそんなこと言ってないぞ!
光速で部屋に駆け込み、鍵をかける。
ドノバンはシシルナ島の島主の息子──島とはいえ一国だ。島主の妻は現国王の姉。つまり彼は王の甥。面倒の権化だ。
「あれ?気配が消えた?リリカ様?ドノが会いに来たよ!」
「ごめん、疲れて寝てる」
「そうですか、残念です」
本当に残念なのはこちら。早く帰ってほしい。お腹が空いている。
だがあの男は人の気持ちに鈍い。深夜までセバスやナイルたちと談笑していた。
──ゲームの中のドノバンも軽薄でキザ。私が最も嫌っていたキャラだ。
だから聖女として、私はリリカに彼を押し付けていた。
「やっと帰ったか……」
空腹に耐えかね、深夜のキッチンへ。
「体調、大丈夫ですか?」
眠そうな目のエマがおにぎりを差し出す。
「……美味しい」
ただの塩にぎりなのに、背徳感と幸福感が入り混じり、涙が出そうになる。
「そういえば、ドノが言ってました。引っ越しませんかって。ここ、危険なんじゃないかって」
最初は自作自演かと疑ったが、どうやら本気らしい。
「学園に合格すれば寮に入るつもりだけど……ここも手狭ね。やっぱり、家を取り戻そうか」
「カンクロー、家に戻ってるらしいですよ」
「ふぅん。じゃあ、明日訪ねてみましょうか」
駄目だ。おにぎりを食べる手が止まらない。
「リリカ様、私の分はまだですか?」
「ところで、エマはドノが好きなの?」
誤魔化すように尋ねる。
「ご安心ください。リリカ様のダーリンは取りません。あんなチャラチャラした奴はお断りです」
酷い言い方だが、わかる。
「襲撃させて落とし前をつけさせようとしたのに……出しゃばりやがって」
でも、ナイルや皆に怪我がなかったのは幸いだ。
お腹も満たされ、私はようやく立ち上がる。
「リリカ様、食べてすぐ寝ると太りますよ」
エマの言葉が呪いのように耳に残った。
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