王国六法と貧乏平民
「はい。その通りです。モリス教授は監獄にいます」
ああ、知ってる、知ってる。ゲームでは何度も入った場所だ。選択を間違えれば即終了のルートだった。
私が黙って思案していると、ナイルが反応した。私が心配しているとでも勘違いしたらしい。
「でも、大人しく刑期を務めてもらおうか、あるいは脱獄か。どちらで進めて行こうかと」
あれあれ? 今、私、相談されてる? まずいよね、私のバッドエンド回避は、こいつらに関わらないことが鉄則なのに。
……それか、悪役転生の必勝パターンで、主人公の聖女と仲良くなって、友達になって――
「うーん、それもつまらんな」
――って、口に出してた!? しまった。
「では、どんな手を?」
いやいや、そういう意味じゃないんですよナイル君。私に策があるとかじゃなくて……
「裁判だよね」
口が勝手に動いた。ゲームの中では、石頭の裁判官に何度泣かされ、悪の組織が無罪放免になったことか。
「やはり、そうですよね。しかし、市民派のパール裁判官は引退しました」
あら、石頭引退したの? でも、裁判システムの基本は変わってないはず。
「それと、今や我らの仲間に、法律に詳しい者は……残っていません」
「あら残念。私は法律に精通してますけどね」
鼻からフンと息を出して、思わず得意げに言ってしまった。
「それは知りませんでした。では、それが本当ならば――リリカ様、弁護士をして頂けませんか?」
その言い方は、ちょっと嫌味っぽく聞こえる。いや、そんなつもりじゃなくて。自慢したかっただけなんですよ、裁判は私のやり込みコンテンツだったから……
ナイルが、眼鏡の位置をクイッと上げる。その仕草で、彼の本気度がわかった。半信半疑ながら、藁にもすがるつもりなのかもしれない。
「でも、戻っても大丈夫かしら?」
これは我ながら、いい質問だ。なぜ、こんな異国の地にリリカがいるのか、それがわかるかもしれない。
「それは、リリカ様次第ですよ。……平民であることが辛いと思わなければ」
ん? 今、何て言った? リリカ・ノクスフォードさんが、平民? あの、多くの宰相を輩出した王国一の名家が?
ゲーム中、そんな状況に追い落とした記憶は無いぞ。
「まあ、別に辛くないわね」
私は立ち上がって、胸を張って言った。
「えーっ!」
エマが運んできた茶盆を、驚きのあまり落としかけた。私は咄嗟にそれを受け取り、机にそっと置いた。
危なかった。ナイルを見ると――顔が真っ青になっている。
あら、もしかして、選択ミスった? でも別に、平民でも貴族でも問題無いし、カップラーメンレベルの食事が取れれば、私は満足なんだけど。
次の瞬間、ナイルは私の前に跪いた。
「リリカ様、私は過ちに気づきました。……あなたは本心から、私たちを支持してくださっていたのですね」
「そりゃそうよ。でなきゃ、あいつらに勝てるはずがないじゃない」
あれ……? もしかして、ゲームのリリカって、悪の組織(仮)側の――神輿?
「私は許さないわ」
ゲームってのは、お互い真剣勝負じゃなきゃ意味がない。
「すいませんでした。……私たちは、今まで貴女を利用しようとしていました。そして、貴女はこんな境遇に引き込んだ私たちを、恨んでいると思っていました」
「はあ?」
えっ、そうなの? 知らない。つまりリリカは、担がれた神輿だったの? ゲーム中、そんな解釈、一度も出なかったのに!
「良かった……リリカ様。いえ、リリカさん。一緒に頑張りましょう!」
別に平民でもリリカ様でも、どっちでもいいけど。尊敬の意味で呼ぶなら。でも本心では、尊敬されてなかったのね……わからせてやる。疑いも晴らしてやる!
「さっきの法律の話は本当です。今から、私の知識を少しお話ししましょう!」
王国の法律講座、開幕。何せこのゲーム、裁判バトルが鬼のように難しい。王国法の知識、解釈、判例を問う問題が山ほどある。王国六法が実在してるってどういうことよ。
王国司法試験があれば、私はきっとトップで合格できる。
だって、一時期ゲームもせず、王国六法を一日中勉強してたくらいだから。
「エマ、黒板はないの? 仕方ないわね。じゃあ、生徒はナイルとエマと執事と御者。今日はまず、この国の法体系について話すわ!」
何せ、人と話すのが数年ぶり。久しぶりすぎる一日、自分の好きなことを喋れるなんて……!
「まいりました!」
「いえ、まだ始まったばかりですが……」
せっかく口が温まってきたのに。私は少し、残念な気持ちになった。
「実は、このお金を餞別として渡す予定でした。ですが、もし出来ましたら――これを手付金として、我が商会の弁護士になって頂けませんか? 実は貧乏なうえに、奴らから訴訟を起こされていまして。もちろん、モリス教授の裁判もお願い致します」
※
袋に入った金貨を手に入れた。私は中身も確かめず、それを執事に手渡した。彼は少し困惑したような顔をしつつも、袋を持ってエマと一緒に応接室を出ていった。
……廊下の向こうから、密談する声が聞こえる。なんて壁の薄い家だ。
「……わかりました。お受けしましょう」
本当は、講義を続けたかった。でも、泣く泣く、諦めることにした。
「いかんいかん、オタクが出てしまった」
「オタクとは……法律用語ですか?」
「まあ、そんなものよ。お気になさらず。さて、予定を決めましょうか」
私は――わくわくが止まらなかった。
「お父様の屋敷」
思わず、口をついて出ていた。行きたいところが、見たいところがたくさんあるのだ。