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断罪された悪役令嬢に、ひきこもりが転生。貧乏平民からの無双。リリカ・ノクスフォードのリベリオン  作者: 織部


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長距離ランナーの孤独


 私は、一瞬で問題を解いてみせた。

 サリバン先生はもちろん、スミカちゃんまでもが目を見開き、その場で硬直している。

……まあ、そうなるだろうね。

 勉強ではいつも学年トップのスミカちゃんにとって、劣等生の私が正解をいち早く叩き出すなんて、想定外もいいところだ。


「ば、馬鹿な……馬鹿に負けるなんて……」

――意外と毒舌なんだね、スミカちゃん。声、漏れてるよ。

「納得いってないみたいね? 先生、続けましょう。どんな問題でも――どうぞ」

そう挑発すると、スミカは数問の完敗を重ね、ついにその場に座り込んだ。

「……信じらんない……」

「ずっと勉強してたもんね」


 前世では、この試験――ゲーム内の模擬問題を一日中解いていた。

 他にやることがなかったのだ。廃人まっしぐらの隠遁生活。まあ、今となっては役に立ったけど。

「あら、セバスが迎えに来る時間だわ。サリバン先生、教室に戻りましょう。スミカちゃん、またねー」

 絶望の底に沈む彼女に、少しだけ同情しつつ――私は、試験一日目を完璧に終えた。


 そして、翌日――試験二日目。

「私たちもついて行きますよ」

 玄関前で、エマとトモオが待ち構えていた。二人とも気合い十分な顔をしている。まるで今日の主役は自分たちだとでも言いたげに。


 二日目の試験会場は運動場。

 私は体操服に着替え、エマと一緒に軽く準備運動をしているが――顔色は壊滅的に悪い。

 そう、今日の試験科目は基礎体力測定・武術測定・魔力測定の三本立て。


「武術測定は――欠席します」

 私は早々に宣言した。剣を振り回すなんて、とんでもない。しかもこの測定は魔術の使用が禁止だ。

……私の唯一の得意分野が、完全封印されるというわけだ。


「ついでに、基礎体力測定も……」

 残暑のせいか空気は重く、蒸し暑さが肌にまとわりつく。

 汗をかくなんて、もう拷問だ。誰が好き好んで走ったり跳んだりするものか。


「リリカさん、体力測定は全員参加ですよ。ご存じの通り、潜在能力者を探すための試験なんですから!」

 サリバン先生が容赦なく告げてきた。

 その背後には剣術クラス・魔術クラスの教師陣が勢ぞろいしている。どいつもこいつも、期待に満ちた目でこちらを見ている。


「俺が見つけて育てる!」とでも言いたげに、目がギラついている。……めんどくさい連中だ。

「それでは、受験生は並んでください」

……仕方ない。私は渋々、その列に並んだ。


 体力測定。

 それは、この異世界における――地獄の一丁目である。

「ああ……指先ひとつで測れた前世の体力テストが恋しい……」

 この世界に来てから、二度目のピンチだ。一度目は登山地獄。あの時はセバスに背負ってもらったけど、今回は逃げ場なし。


「化粧が取れてしまうわ。お嬢様は、本気ではやらないものよ!」

「化粧してないじゃないですかぁ。頑張ってください、リリカ様!」

 エマが冷たいツッコミを飛ばしてくる。

……でも、彼女の期待に応えるのは――無理だ。


  リリカの身体スペックは悪くない。だが問題は、近頃の生活。暴飲暴食と運動不足の積み重ねで、ほんのりぽっちゃり化が進行中だ。

 もちろん、前世での運動経験? ないない。ゼロだ。

「リリカ様、頑張って!」

「本気でお願いしますね、リリカさま!」


 声援とツッコミが入り混じる中、最初の種目は握力測定。

 私は握力計を両手で構える。……よし、全力で――!

 ぐぐ……っ。

(……え、メーターが……動かない?)

 周囲が微妙などよめきに包まれる。

 トモオが遠くから顔を伏せた。やめて、そんな悲しい目で見ないで。


 反復横跳び。

 途中で足をもつれさせ、グラウンドに転がったのは私だけだった。

「お、お嬢様!」「生きてますかー!」

 いや、声をかけるなら助けてよ。

 最後は、地獄の上体そらし。

……腹の肉が、邪魔で動かない。

(あっ、これ、地味にメンタル削られるやつ……)

 ふと顔を上げれば、広い学園のグラウンドには、何百人もの受験生がいた。

 いや、もしかすると千人近いかもしれない。一応、書類審査はあるらしいが――話によれば、ものすごく適当らしい。


「まさか、足切りとか無いよな……」

 私の顔が青ざめる。いやいやいや。私の成績は、最低ランクだ。これ、普通に落ちるぞ。

 周囲には、握力メーターを壊す猛者や、ジャンプの計測板を軽々と超える少女まで現れはじめる。

「スッゲェ。あいつらバケモンか……」

 だが、私は冷静になって考えた。

(薬と材木でお金は何とかなりそうだし、別に特待生じゃなくても……でも、扶養家族が多いし……)

 駄目だ。お金、大事だ。この学園、普通に入ろうとすると高額なのだ。


 最後は、長距離走。

 いつの間にか、観客が膨れ上がっている。王都の民衆の楽しみな恒例行事らしい。観客席には屋台まで出ていた。

「今年のマラソン優勝者は誰だ!」「ノクスフォードの娘を応援だ!」

 ガンツたちも応援団としてやってきている。セバスは旗を振っているし、エマは叫んでいる。恥ずかしい。いや、本当に。

(恥ずかしい真似は出来ない)


 唇を噛む。

 足は重い。心臓は暴れている。空は眩しい。

 結果は、ぶっちぎりの最下位。だが、なぜか、そこにいる人が私を応援してくれた。


 そして、私がゴールした瞬間、嵐のような、観客席からの拍手が巻き起こった。

――その拍手は、単なる声援ではなかった。

見知らぬ誰かの期待と、切実な願いと、私自身への励ましが混じった、温かくも強い力だった。その瞬間、私はひとりじゃないと確信した。


 足の重さや汗や悔しさも、すべてが意味を持つ気がした。


――ここから、私の物語が本当に始まるのだと。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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