遅刻と天才
私が急いで帰ったのには、理由がある。
翌日に、『王国学園特別奨学生試験』が控えていたのだ。私は馬車を飛ばして、試験会場である王国学園へと駆け込んだ。
試験は、一日目が学科、二日目が実技、そして最終面接という三段構成。
だが、すでに試験時間は始まっていた。私は、セバスに半ば担がれるようにして試験会場へと入った。お昼を食べすぎて走れなかったのだ。
「遅刻ですよ、リリカさん。試験を受ける気があるなら、早く席につきなさい。時間の延長も特別点もありません」
そう声をかけてきたのは、昔から私を知っている数学教師──サリバン先生だった。どうやら試験官を務めているらしい。その目には、「記念受験ね」という色がはっきり浮かんでいる。
教室中を埋め尽くす受験生たちが、一斉に顔を上げた。けれど、次の瞬間には「時間の無駄」とでも言うように、すぐに試験用紙へと視線を戻す。
彼らは、大陸中から集められた秀才たち。王国学園の奨学生試験は、六年制の一年生と四年生のタイミングでしか受験できない。
私はその「四年生枠」で挑戦していた。
教室の最前列、一番端の席に案内され、分厚い試験用紙の束を渡される。
「地理、歴史、語学、法律、古典、数学……」
試験は朝から夜までの通しで、時間配分は自由。休憩も自由だが、そんな余裕のある者などいない。当然、監視付きだ。
今はすでに昼過ぎ。筆記用具すら魔道具対策のため、支給品しか使えない。
「すいません、お付き添いはご遠慮ください」
「それではリリカ様、また夜に迎えに参ります」
「はーい」
私の軽い返事に、受験生の中から小さな笑いが漏れた。
……いやいや、お前たち、集中力足りてないよ?
こっちは、ゲームで鍛えた知識と回答速度があるんだから。
鬼畜モードでは、制限時間内に高速で正答しないと、ボーナスルートに行けなかったんだよ?
「どれからやろうかな……うん、苦手な数学からやろう!」
私が鉛筆を走らせ始めると、試験官がぴたりと傍に立ち、私の答案を覗き込んできた。
「はい、お終い。じゃ、次は地理っと」
その瞬間、試験官──サリバン先生の顔が、はっきりと青ざめるのが見えた。
「リリカさん……ちょっと答案用紙、見せてもらっていいですか?」
「どうぞ。あとで見直すので、返してくださいね」
「……この試験、私が作ったんですよ。どこかで手に入れましたか?」
警戒を隠さず問いかける声。
私は地理の問題を解きながら、平然と答える。
「今、ここで初めて見ました。先生、試験中ですから。全部解いたら休憩しますので、その時に話しましょう」
カリカリと走る鉛筆の音が、ふっと教室から消えた。
一つ、また一つと筆記の手が止まり、何人かの受験生が、目線だけをこちらへと送ってくる。
その視線を背中に受けながら、私は次々と科目を切り替え、淡々と回答していった。
――夕方まで、かからなかったと思う。
得意科目の法律なんて、楽しくてあっという間だった。
「ああ、もっと光を……じゃなくて、もっと問題を!」
試験用紙を整えて裏返すと、私は机に手を組み、サリバン先生に声をかけた。
「先生、お茶に行きましょうか?」
「……もう終わったんですか?」
「はい。最後に戻って見直しますが、セバスが来るまで暇なので。先生、私の監視、お願いします」
本当はこのまま帰ってもよかった。でも、私は情報収集をすることに決めていた。
このサリバン先生は──ちょうどいい相手だった。
※
私が連れていかれたのは、反省室──魔術が一切使えない仕様の、静かな部屋だった。
……いや、なんでここなの?
「先生、私、悪いことしてませんよ!」
「ここか保健室って決まってるの。受験者の休憩場所は」
やがて、お茶を運んできたのは、試験官の助手をしている大人しそうな女子生徒だった。
スミカちゃん。カンクローの思い人だ。
「この机に置いてくれるかしら」
彼女はちらっと私を見てから、サリバン先生の指示に従って、テーブルに茶菓子を並べ、壁際に下がった。
小さな木のテーブルを挟んで座る私とサリバン先生。尋問か何かかって雰囲気。
カツ丼の代わりに、茶菓子ってわけ。
……でも、疲れた頭にはチョコがありがたい。
私は黙って一つ口に運んだ。ささやかな報酬。
対面のサリバン先生は、言葉を選ぶように眉間に皺を寄せている。
強面メガネを外せば美人なのに、もったいないな。
「疑うのも無理はありません。じゃあ先生、問題を即興で出してもらえますか? あ、スミカちゃんも一緒に!」
「えぇっ!?」
突然振られて、彼女は驚いたような声を上げた。……うん、怖がられてる。
まあ無理もない。ゲーム世界の私は、学校では不良グループの裏ボス。
彼女は優等生グループの構成員だ。
「じゃあ、勝負しましょう。負けたら、相手の言うことを一つ聞くってルールで。もちろん、無茶なことは言わないわ。まさか、私に負けるのが怖い?」
うん、思い切り悪役ムーブだ。分かってる。
「でも……」
「やりましょう」
そう言って、サリバン先生は私の答案用紙の裏に、さらさらと問題を書き始めた──。
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