表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢に、ひきこもりが転生。貧乏平民からの無双。リリカ・ノクスフォードのリベリオン  作者: 織部


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/91

沈黙の敬意

お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価、フォローをいただけると幸いです。励みになります

「ふん……リリカか」

 鉄面の兜越しに、声だけが冷たく突き刺さる。

「聖蛇騎士団副団長として命じる。その霊柩馬車は、王命に背く不敬の品。直ちに撤収しろ。それと──この行進は暴動と見なす。解散を命じる」


「な、何を言ってるの、ジュリアン……!?」

 金属の仮面で隠されてはいるけれど、その声音にははっきりと怒気と、私に向けた侮蔑が混じっていた。


「お前に──いや、平民ごときに、俺の名を呼び捨てにされる謂れはない」

「それは、確かに私の落ち度。でも……あなたの言いたいことは、そこじゃないわよね」

私は肩を張り、一歩前へと踏み出す。


「どこが『国王に対する冒涜』なのか、説明なさい。……あなたこそ、死者に対する冒涜をしてるのよ!」


 しまった。思わず語気が強くなった。ほんの数週間前まで、ぺこぺこと頭を下げていたくせに──と

 ジュリアンは気位の高い貴族のお坊ちゃんだ。

 彼が手を振り上げ、剣の柄に指をかけるのが見えた。ああ、やる気だ。


「副団長、落ち着かれよ」

 低く、渋い声が響き、ジュリアンの腕が鋭く掴まれた。

 止めたのは、聖蛇騎士団長──ブガッティだった。

 叩き上げの老騎士。鎧の継ぎ目に走る数多の傷痕が、その戦歴を物語っている。


 ブガッティは無言で兜を脱ぎ、私に向かって膝を折った。

「リリカ様。聖蛇騎士団団長、ブガッティにございます。失礼を承知で申し上げます。この霊柩馬車に使われている木……スサノオ大王様の聖木ではないか、との疑いが浮上しております」


 そう来たか。つまり、国有林──いや、世界遺産級の聖域を、勝手に伐って加工したという話。

 それはまあ、図星だ。返す言葉に困っていた、そのときだった。

 上空を舞っていた鷹のような影が、急降下してきた。


 肩にふわりと降り立つその姿は、誰あろう、ティア様だ。

(鷹って言うと怒られるんだよな……)と、内心でだけ思いながら、息を呑む。


「スサノオの意思だと。ティアが護衛してるって、そう言えばいいよ」

 ティア様は私の耳元で囁くと、ひとつ羽ばたいて中空に舞い上がった。


「……わかりました。お答えしましょう。心してお聞きなさい」

 私は姿勢を正し、腹の底から声を張った。

 騎士団も、行列も、すべての視線が、私ひとりに注がれる。


「これは、スサノオ様のご意志によるものです。そして──この行列には、大王父のドラゴン、ティア様が随行しておられます」

 言葉を待っていたかのように、馬車の木組みが一瞬、輝きを放った。


 続いて、突風のような気流が巻き起こり、空に浮かぶティア様がその姿を顕す。

「な、なにを──」

「ドラゴンだ……ドラゴンだぞ!」

「お、おおお……!」


 騎士団の誰かが声を上げ、誰かは地面に額をこすりつけた。

 ベテランらしき初老の騎士や司教一行は、呆然と涙を浮かべていた。

 そして、ブガッティは、躊躇なく片膝をつき、静かに頭を垂れた。


 それは、王都近郊では百年ぶりに現れた、伝説級のドラゴンだった。

「幻影魔法だろう……!」

 ジュリアンが震える声で言い放った。無知もここまで来ると哀れを通り越して滑稽だ。


「──ギャァァァアアアッ!」

 大気が震え、ドラゴンの咆哮が大地を貫いた。

 次の瞬間、吐き出された蒼白の息吹が一帯を包み込み、夏の陽炎を凍てついた冬に塗り替えた。


 空が澄み渡り、銀の粉雪が舞い、花のように舞い踊る。

「涼しくなったね……ありがとう、ティア様」

 私はそっと呟いた。


 次の瞬間、ティア様の姿はふわりと幻影のように消えた。

 騎士団は一斉に道を開け、誰もが跪いた。

 その背に、恐れと敬意が入り混じった静寂が、厚く降り積もっている。


 こうして──もう、バルトの馬車を止める者は、誰一人としていなかった。


 峠を越え、長い坂を下っていくと、視界いっぱいに広がる畑が見えた。


 瑞々しい野菜が、太陽の光を浴びて葉を震わせている。王都の食卓を支える肥沃な大地。ここが、かつてノクスフォード家が治めていた領の入り口だった。


 私は思わず、声に出していた。

「……綺麗だね」

 外に出ることすら稀だった前の世界では、真夏に田舎を訪れるなんて、想像すらしなかった。見渡す限りの緑がまぶしくて、ただ目を細める。


 やがて、川沿いの木陰に馬車を停め、しばしの休憩を取る。

 太陽は高く、容赦なく肌を灼くが、風が通り抜けるたびに、その熱を洗い流していく。屈強な馬たちが水を飲む音が静かに響き、草葉が風にゆれる。


 ふと振り返ると、越えてきた小山の峠には、まだ雪が残っていた。

 聖蛇騎士団は、ティア様が王都に向かって飛び立った後を追って行った。


 夏と冬が同じ風景の中に同居している光景に、私はつい、小さく笑ってしまう。


「整列せよ」

 セバスの号令が響き、休憩していた兵たちが一斉に立ち上がる。

 誰もが黙って身なりを整え、列に戻る。

 畑の中の一本道を、バルトの霊柩馬車がゆっくりと進んでいく。


 農作業の手を止めた農民たちが、ひとり、またひとりと道の脇に並び始めた。

「掲げよ!」

 白地に、盾とドラゴンを描いたノクスフォード家の大旗が掲げられる。


 ――これはもう、葬送ではない。

 まるで、凱旋の列だ。

 「セバスさん、それはちょっと……」と思わず止めかけたが、農民たちの表情を見て、言葉を飲み込んだ。


 誰も声を上げることはない。王都の民のように騒がず、飾り立てもせず、ただ静かに立ち尽くすだけ。


 それでも、その目に宿る敬意と追悼の念に熱さを感じた。――お帰りなさい、と。

 気づけば、農作業をしていた人々が列の後ろについてきていた。

 無言のまま、霊柩馬車を見守りながら、歩を進めていく。


 やがて道は再び山へと入る。だが、ここからの傾斜はきつく、道も細い。

 このままでは馬に負担がかかりすぎてしまう。故人を運ぶ車が、馬だけの力では登れない。


 山の中腹には、私たちの故郷――侯都シュバルトがある。王国の盾と呼ばれる、ノクスフォードの本拠地だ。


「引き綱を出す! ――引いてくれ!」

 セバスの声が響いた。私は、列の後ろについてきていた農民たちに振り向き、深く頭を下げる。


「……すみません。もしよければ、馬車を一緒に、引いてもらえませんか?」

 返事はなかった。ただ、皆が一歩前に出て、綱を手に取った。


 声などなくても、その仕草だけで十分だった。

 その手は、力強く。その背は、誇らしげに。静かに霊柩車に視線を戻す。


 私の中のリリカの魂が囁くように呟いた。

「……良かったね、お父さん。あなたの帰りを、みんなが待っていたんですよ」


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価、フォローをいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ