黄金の馬車と黒き峠
数日で、霊柩馬車が完成した。
超・超特急の仕事。セバスチャンの緻密すぎるスケジューリングと、職人たちの底力が、まるで奇跡のような速度を可能にした。感謝というより、もはや畏怖に近い驚嘆を覚える。
その間、私は夏休みの終わりに迫った《特待生入学試験》の最終調整に集中していた。
エマ、トモオ、セバスチャンと共に、一泊二日の合宿へ。目的地は王都近郊の《魔物の森》。訓練用の小道や休息所が整備された、知る人ぞ知る魔術の実戦訓練スポットだ。
「こうやって捌くんだ!」
訓練後のBBQタイム。森で仕留めた小型魔物を、セバスチャンとトモオが手際よく捌いている。今回もテーマは地産地消。現地調達・現地調理が基本だ。
「はい!」
無理やりセバスチャンに弟子入りさせられたトモオは、子供用の執事服を着せられていた。見るからに不満そうな顔だが、返事だけは元気いっぱいで、妙におかしい。
「やるって決めたんなら、本気でやりなさいよ!」
それを言うのがエマなのだから、なおさら笑えてくる。……エマさん、あなた、さっきまで勉強から逃げてたでしょう。
「ふん、今やど平民のリリカ様のメイドごときに……」
ごつん。セバスのゲンコツが落ち、トモオが涙目になる。
私は多彩な魔術の制御力を見せつけたというのに、彼はなぜか、セバスチャンのそばにいた。
完璧執事と問題児の少年。孤児同士の彼らは同じ部屋で寝起きを共にし、厳しい背中にトモオは自分の理想を見出したのだろう。いや、父性か。
*
「さて、出発しましょう」
黄金色の光を静かに反射する霊柩馬車に、父──バルトの棺を載せる。もちろん、一緒に亡くなった御者や従者たちの棺もだ。
「一緒に載せるのは……?」
セバスチャンは一度、静かに問いかけた。
「ええ。父を守って亡くなったのです。当然の処遇です。あの人も、きっと寂しくないでしょう」
「……ありがとうございます」
彼らはセバスチャンの同僚であり、友だった。だからこそ、共に送られることを、隠れて喜び、静かに涙していた。
「んー、しかし思ったよりも立派だなぁ」
……ちょっとまずいかも。派手すぎない? 下手をすれば、国王の馬車よりも格式高く見える気がする。
「……うん。良い出来だね。スサノオも、きっと気に入るわ」
いつの間にか私の肩に留まっていたティア様が、馬車を見上げてぽつりと呟く。
「……じゃあ、いっか」
ガンツたちが交通整理をして先導し、司祭から司教に昇格したネイサンが、助祭たちを引き連れて参加してくれる。
私は黒いドレスに身を包み──新しく仕立て直したそれは、動きやすさと魔法衣の機能を兼ね備えていた。セバスが御者席に、私はその隣に座る。
「さて、行きましょう!」
すでに教会の周囲には、出発を見届けようと、多くの民衆が集まっていた。
*
「宰相様、ありがとう!」
「静かにおやすみください!」
バルトの霊柩馬車に、民衆が次々と声をかけてくれる。
教会の前に捧げられていた花束は、すでに枯れていたが、民衆は馬車の黒金に光る装飾を、色とりどりの花で美しく飾ってくれていた。
その中に、パール元裁判官と元気そうなミルの姿を見つけた。小さく手を振ると──
「王都に戻って、仕事に復帰したよ!」
「病気が治りました。ありがとう!」
二人は笑って答えてくれた。……連絡してくれてもよかったのに。気を遣ってくれていたのだろう。
「行きましょう!」
私は小さく合図する。
こん、こん。
スサノオの木の残りで作った木鐘を鳴らすと、澄んだ音が王都の空を突き抜けるように響き渡った。
それに合わせて、セバスが手綱を取り、バルトの馬車が静かに動き出す。
民衆が道の両脇に並び、誰もが頭を垂れて見送ってくれる。貧民街の人々だけでなく、一般市民、そして時折、貴族の姿もあった。
王都の門に着くと、門番や職人たちが整列し、敬礼してくれた。
そして──父が命を落とした峠に差し掛かった、そのとき。
遠くから、蹄の音が近づいてくる。馬のいななきと、騎馬の気配が、重く地を震わせる。
「これは、バルト様の霊柩馬車だ。何事だ?」
ガンツが、先頭の馬に乗った男に声をかけた。
「無礼者! 聖蛇騎士団だ! 代表者に話がある。道を空けろ。拒めば、公務執行妨害と見なす!」
聖蛇騎士団の騎士たちが、道を塞ぐように現れた。しかも坂道の下──王都側にも兵を配置し、私たちを囲むように包囲している。
司教のネイサンやガンツ、助祭たちも動揺し、周囲がざわめく。行列の人々が不安げに顔を見合わせていた。
……やられた。奴らがこの峠で仕掛けてくる可能性は考えていた。それでも、ここまで露骨に──これほど早く、姿を現すとは。
私が歯噛みしていると、隣のセバスが落ち着いた声で告げる。
「ご安心を。殺意は感じませんから」
その声は静かだったが、その目は、敵意と憎悪に満ちていた。まるで、研ぎ澄まされた氷の刃。
──逆に、私の心は静まった。
「セバス。本当に奴らが父を殺したのなら、今すぐ復讐をしましょう。けれど、まだ確証はない」
「……はい。その通りです、リリカ様」
たとえ真実だったとしても、その背後にいる“命じた者たち”を暴き、断罪できなければ意味がない。
ここで手を出せば──それこそ、奴らの思うつぼだ。
「みんな、道を開けて。私が代表者よ! 何の用かしら、ジュリアン!」
私は馬車に立ち、大きな声で叫んだ。
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