最終通告
聖堂に隣接する議事堂の円卓は、重く静まり返っていた。
「それでは、聖女ソフィア様よりお話があります」
枢機卿はそれだけ告げると、すっと席に着いた。進行役を放棄したかのように、寡黙に。
お手並み拝見、という態度だった。
「召集に応じてくださったこと、感謝します。私は聖女ソフィア。現在は王国を離れ、小国に身を置いています」
円卓に並ぶ代表者たちも、背後に控える随行者たちも、真剣に耳を傾ける。
ただ一人、マリアだけが、かすかな微笑を浮かべてソフィアを見つめていた。
「え? じゃあ今は、王国にあった聖女局はどうなってるんだ?」
人民軍のグエンが口を挟む。
「聖女様の話の途中だぞ! 失礼な奴だな」
元老院筆頭のマレクが鋭く制する。
「は? マレク。俺たちには知る権利がある」
二人は睨み合う。
ソフィアは淡々と続けた。
「聖女局は解散しています。魔物の大規模な襲来は、もう無くなりました」
その声には、揺るぎない決意が含まれていた。
「ほお、では今は王国に属していないのか?」
南部侯爵ニースが問う。
「元より属しておりません。私は東方聖教会の聖女ですから」
その答えに、枢機卿が口を開く。
「教会とは、民を救済する組織だ。聖女様はその象徴と言える」
「は! お前が言うと嘘くさいな。寄付という名目で金を集め、贅沢しているお前が!」
再びグエンが叫ぶ。
「聖女様の話を聞こう」
机を叩いたのはグラバー侯爵だった。グエンは舌打ちし、黙る。
ソフィアは円卓を見渡した。
「共和国の現状は、看過できません。話し合いで解決しましょう。そのために集まっていただきました」
その瞳は、静かに、しかし確実に全員の心を縛るようだった。
代表者たちの挨拶が終わる。マリアは随行者の立場ゆえ、口を開かない。
「それでは、解決策を提示します。賛同をお願いします」
提案は明確だった。
人民軍の解散と共和国軍の設立。
元老院の廃止と貴族院の設立。
聖教会の武力解除と聖教分離。
侯爵領に市民会議を置くこと。
「まるで明治維新ね」
マリアが小さく呟く。
元々、共和国をフランス革命前後を基本イメージにしたソフィアの構想だ。
「元はといえば、湊の適当な設定のせいでしょ」
私の言葉に、マリアは気づいて笑っていた。
この議事の採決。
当の本人が反対しようと、多数は賛成に回る。互いに足を引っ張り合っていることに、誰も気づいていない。
「人民軍がなくなっても、正規軍になるなら問題ないだろう」
「貴族院か……名を変える必要があるのかは疑問だが」
しかし一人、強硬に拒んだ者がいた。
「認めん! 信者の命が守れんだろう!」
枢機卿である。
「安心しろ。俺が守ると約束しただろう」
ニース侯爵が宥めるが、枢機卿は怒りのまま立ち上がり、会議室を飛び出した。
「馬鹿な人ね。これは会議じゃないのよ。ソフィアからの最終通告なのに……」
私とクルミは、静かに円卓会議を離れた。
※
石造りの回廊に、荒い足音が響く。
屈辱だったのだろう。教会の武力解除。聖教分離。
枢機卿の権威が、静かに削がれていく。
「閣下、こちらでお休みを。顔色も優れません」
側近の司教が寄り添い、客室の扉を開けた。私たちの待つ部屋。
「ああ……会議には戻らん。従わんし、この会議をご破算にしてやる」
枢機卿は苛立ちながらも従った。
「お茶をお持ちします。ここでお待ちください。ここなら、誰も来ませんから」
司教は入らず扉を閉めた。
室内は薄暗い。
「……誰だ」
やっと、枢機卿が、私たちの存在に気がついた。
姿を見せるのは、クルミだけだ。
「聖女の警備じゃ無いか? ここで何している?」
「違います」
静かな否定。
「私は、マリスフィア侯爵の娘。クルミ•マリスフィアです」
その名に、枢機卿の目が細まる。
「何だって?」
クルミは微笑み、冷静さを保つ。しかしその瞳には、断固たる覚悟が宿っていた。
彼は怯えた。理由はわかっている。
一歩、近づく。
「違う、違う。誤解している。わしは何もしていない。証拠は? 証拠はあるのか?」
「ノルマンに聞きました。貴方達が、王国を混乱させるために、帝国に情報を流したと」
「いや、奴が嘘を言ってるんだ。奴はどこだ?」
クルミはにこりと微笑む。
「一足先に、旅立ちましたよ。後を追って聞いてみたら」
枢機卿は部屋を出ようとしたが、扉は開かない。顔には恐怖で蒼白だ。
「清算です」
彼女は腰の剣を抜き、炎を纏わせる。
逃げる枢機卿を一瞬で斬ると、体は炎に包まれ、骨だけになる。
これは、私の付与魔術。彼女だけに手を汚させない私の意志だ。
「盛大に告別式はしてあげるわ。どれだけの人が、貴方の為に涙を流すんでしょうね」
事態を見守っていた私は、静かに扉を開けた。
司教が一礼する。
「……終わりましたか」
「ええ。自殺したようです。貴方が次の枢機卿です」
彼は何も見なかった顔で会議室へ戻る。もちろん、その前に私たちも戻ってきている。
円卓に視線が集まる。
「枢機卿閣下は?」
「体調が優れず、お休みに。私に代行を託されました」
一瞬の沈黙。だが誰も席を立たない。すでに不要となった歯車が外れただけ。
ソフィアは静かに告げる。
「では、議事を続けましょう」
その横で、マリアがぼそりと呟く。
「永遠の眠りね」
聖堂の鐘が鳴る。弔いではない。ただ、いつも通りに時を告げる音が鳴った。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




