盤上に揃う役者
「それで、どうだったの?」
私たちの客室に、ドノバンが報告にやってきた。
部屋の前にはクルミが警備として立っている。彼女にはあとで情報を共有するつもりだ。聖女が静かに遮音の魔術を張る。淡い光の膜が壁をなぞり、音を外界から切り離した。
「全員、明日やって来ますよ!」
「さすが、ドノね」
交渉力があるのは事実だ。隠し事など何もなさそうな顔をして、本音を引き出す。
あの笑顔のまま、相手の退路を一つずつ塞ぐ。それが彼のやり方だ。
「そうだ、マリアには会えたのかしら?」
「いえ、現れませんでした。ですが、明日は同席するとのことです」
その名が出た瞬間、わずかに空気が沈んだ。誰も息を止めてはいないのに、部屋が静まり返る。
「そう。グラバー侯爵はどんな人物でしたか?」
ソフィアが他人に興味を示すのは珍しい。
「普通にいい奴だったよ。小説に書かれているような野心とか覇気とか、そういうのとは無縁なやつだ」
「そう……」
一瞬だけ、彼女の目が遠くなる。
「それと、枢機卿が密談している相手がわかった。南部侯爵だ」
私たちを待たせてまで会っていた相手。
「まあ、想定通りね。話し合いを有利に進めるつもりでしょう」
「それと、元老院の貴族も市民も、戦いに疲れている。だが、お互い憎み合っていて、引きどころがわからないらしい」
多くの人が死んだ。
だが誰も、自分から剣を下ろす理由を持てない。正義の名を握ったままでは、手は開かない。
「じゃあ、ソフィアが和平を提案すれば乗る、ってことね」
私はあえて結論を急いだ。
和平は成立する。だが――それだけでは足りない。
「つまらない展開ね。これじゃ、私の書いた筋書きが枢機卿のためみたいじゃない」
聖女は、人の世を点では見ない。誰がどんな役を演じようと、基本は興味がない。
――けれど、彼のことだけは嫌っている。
そこにだけ、感情がある。
私も内乱は終わらせたい。だが、私たちにとっての三悪人を、そのままにしておくつもりはない。
内乱の火種を撒き、恐怖を煽り、血で地位を築いた連中、そして、我々の父の暗殺を陰で画策した連中。
「ねえ、ドノバン。元老院の次席、力のある大司教、人民軍の実力者――把握してる?」
「もちろん。そこも抜かりないよ」
彼は軽く指を三本立てる。
「待って。そろそろ蝿退治も終わってるはずだから、クルミも呼びましょう」
扉を開けると、眠たげな顔の彼女が立っていた。足元には、枢機卿の手先が転がっている。
「ぐっすり眠ってるわ!」
規則正しい寝息まで聞こえそうだ。
夢の中で、自分が盤上から弾かれたことも知らずに。
「じゃあ、中に入って作戦会議ね」
ソフィアは席を外す。自ら手を汚さない主義だ。
差し入れのクッキーをつまみながら、机で手紙を書いている。
「何やってんの?」
「ディナモスと息子にお便りよ。そろそろ帰りたくなってきたわ」
本当に不思議だ。
この世界の創造主が、そんな台詞を吐くなんて。
「これは復讐ものでしょ? いつスローライフものになったのよ?」
彼女は無視して、鼻歌まじりに文字を走らせる。
その横顔は美しく、神代湊が物語を書いていた姿を、ふと想像させた。
世界を操る者の顔ではない。物語を愛している者の顔だ。
「リリカ、そんな奴、ほっとけ!」
クルミがうずうずしている。
「ええ」
――だけど、私たちの計画を崩すとしたら、彼女の従姉妹だ。
筋書きを読む側ではなく、破る側。
※
翌日、正午を待たずに、奴らはやってきた。私たちは、聖堂の小塔から覗き見ていた。
聖女ソフィアの召集と言うことで、一様に安心した様子で奴らはやってきた。
その安心こそが、最大の油断だ。
最初にやって来たのは、人民軍の総司令だった。ゲリラの指導者のような佇まいと態度。ぎらりとした目が印象的な男だ。
テント村の信者たちが陰から冷たい視線で見つめている。
彼らの家族は、この男らが起こした内戦の巻き添えを食った。
「悪いがここ迄だ、付き人二人までだ」
大聖堂の入り口で、護衛してきた軍と別れることになる。護衛というより、示威行為として連れてきたのだろう。
「はぁ! ぶち壊してやろうか!」
「ふざけるな! グエン様の護衛は我らの務めだ!」
衛兵たちに、食ってかかる。
「ははは、わしが遅れをとると言うのか! お前たち!」
「いえ、そんな意味ではありません」
「ははは、ここで待ってろ!」
長い半月刀を担ぎ、両側に家来を従えると、聖堂の中に入って行った。
「元気なやつだな。それに大したことも…」
クルミが、首を捻り、つまらなそうに感想を言う。
だが私は違和感を覚えていた。あれは猛獣だ。檻に入ったときこそ暴れる。
次に到着したのが、元老院の筆頭だ。豪華な馬車が地位の高さを現している。だが、たった一台で、護衛をつけていない。
残っている人民軍の兵が取り囲み、騒ぎ出している。
「ここで、仕留めてやろうか!」
「その汚い顔を胴体から離してやる!」
手は出さず罵声を飛ばす。
「どけっ!」
最初に降りてきたのは、騎士の男だ。派手な装飾の武具を身につけている。
彼の一喝で、道が開く。
「あれ? 魔術よね?」
「そうね、威圧ね。一緒に風魔術も出してる」
空気が押し潰される。呼吸が重くなる。
その後、悠然と姿を現したのが元老院の筆頭だ。貴族然とした服装。
彼は、ふと、空を見上げた。違う、私たちを捉えて微笑んでいた。
正確に、小塔の影を射抜いている。
「奴も只者ではないわね」
ソフィアの声が、わずかに低くなる。
こいつが全ての元凶だとわかった。
そして、私は決める。終わらせると。
それから、血気盛んな南部ニース侯爵。
最後に、西部グラバー侯爵が、深くスカーフを被った女性――マリアらしき女性を馬に乗せやってきた。
私は、顔を見ようと、風魔術を飛ばした。
彼女の前で打ち消された。
違う。
霧のようにほどけ、存在ごと削がれた。
一瞬、魔力の感覚が空白になる。
そして、筆頭と同じように私たちの方を向いた。
こちらが覗いているのを、知ったうえで。
その瞬間。聖堂の鐘が鳴った。
正午には、まだ早い。低く、重い音。
聖堂の扉が閉じられようとしていた。
「……結界?」
私の感覚が告げる。
これは、私たちのものではない。
聖堂内部に、別の“脚本”が走っている。
人民軍の家来の一人が、音もなく崩れ落ちた。血は出ない。
「作者は一人じゃないわ」
ソフィアが、静かに言う。
マリアが、聖堂に入る時、ゆっくりとスカーフを外す。その目は。私たちと同じ色をしていた。
役者は、揃った。
会議は踊る。
舞台ごと、奪われながら。
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