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断罪された悪役令嬢に、ひきこもりが転生。貧乏平民からの無双。リリカ・ノクスフォードのリベリオン  作者: 織部


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魔物はいない、だが


「ねえ、ソフィア。貴女、マリアのこと知ってるのね?」

私は彼女に小声で話しかけた。


「うん、間違いない。茉莉奈ね」

「誰なの? 茉莉奈って」

「神代茉莉奈。私の従妹よ。彼女にもゲーム制作を手伝ってもらってたの」


「どうして彼女だってわかったの?」

ソフィアは笑いながら答えた。

「だって、この汚くて特徴的な文字は、あの子の文字だもの」


「マリアが敵対する相手じゃないってわかって、良かったわ」

「うん。でも、からかい癖のある子だから気をつけましょう」

彼女は現実世界では、遊び心のある優秀なプログラマーだったらしい。からかい癖……その言葉が何故か引っかかった。


「どうやって治安を取り戻すか、ね」

「それは私たちが考えることじゃない。……三人の処刑を優先すべきだ、と言い切りたいところだけど」


クルミが逡巡しているのは、言葉の端々から伝わってきた。

苛烈さと慈しみ。その相反するものを同時に抱え込めるところに、彼女の美しさがある。


「それなら、関係者全員を集めて会議をしましょう。場所は、大聖堂で」

ソフィアが提案した。

「召集に応じるかな?」


「応じなければ……使者はドノバンね。リリカとクルミは隠れていて」

「やっと俺の出番だな。それじゃ」

私は、ドノバンが走り出そうとするのを止めた。


「待ちなさいよ。ソフィアの親書を持って行きなさい」

「ああ、そうだな」

ソフィアが手紙を書く間、私たちは追加でケーキとコーヒーを味わっていた。


「ずるい!」

「頭に糖分が足りない私たちは、食べないとね」

私とクルミは顔を見合わせた。


『クロノア』の支払いは高額だった。

「ソフィア持ちね! 言い出したの貴女だし」

「ちょっと待ってよ。うちの所領は貧乏なのよ!」

そのセリフに、思わず笑ってしまった。


王国の財宝を自由にできる立場にありながら、彼女は不正も便乗も図らず、貧困の田舎暮らしをしている。それも楽しそうに。


「私が奢るわ」

そして『クロノア』を出て、会議を行う大聖堂へと私たちは向かった。

大聖堂の周囲には、信者たちのテントが境目なく立ち並び、警備兵が険しい顔で立っていた。


「お前たち、何者だ?」

近づく私たち三人に声がかかる。

「私、王国の聖女ソフィア。枢機卿に会いに来ました」

コートを脱ぎ、煌びやかな聖女の衣に身を包んだ美しい彼女が現れる。


東方聖教会から正式に認められた聖女で、大陸中の魔物を討伐し、人々を守ってきた救世主だ。

一目見ようと、人々が次々と集まり、幾重にも取り囲まれてしまった。


「聖女様だ! ありがたや」

「きっと、この状況を知って駆けつけてくれたのよ」

人々は歓喜に震え、歓声を上げた。

「失礼しました。すぐに取り次ぎを致します」


警備兵たちは態度を改め、深く礼をする。

「いえ、慌てなくて結構よ。待っている間に、皆さんの治療をいたしましょう」

「こちらへどうぞ」

テント村の顔役が、私たちを清潔で大きなテントへ案内した。


侍女役の私が大切にしている薬を使って、彼女は我が物顔で治療を始める。

「貴女の魔術を使えば、すぐじゃない?」

「万能じゃないのよ。いくつか制限があるの。同じパーティの時とか、魔物との戦闘時とか」

「ふうん。わかった」


私は、ソフィアが間違えそうになる病状を指摘し、正しい薬を手渡す。

「リリカ、私より正確ね!」

「どれだけやり込んだと思ってるの?」

「そうだったわね」


クルミは、押し寄せる街の人々を整理している。重症者や子供を優先して、テントへ通していた。そんな仕事も楽しげだ。

「こんなものかしら」

「そうね。軽傷者には薬を配ればいいでしょう」


深夜になってようやく、警備兵が一人の司教を連れて戻ってきた。

「お待たせいたしました。枢機卿のお手が空きました」

司教がソフィアに告げる。


「どうして、こんなに遅くなったのかしら?」

「申し訳ありません。会議が立て込んでおりまして」

「それは大切ね。それじゃあ、案内してくれる?」

ソフィアは、待たされたことに腹を立てることもなく、笑って答えた。


すでに大聖堂内では、マリスフィアの密偵が調査を進めている。後で正確な情報が上がるはずだ。

私たちは、ようやく大聖堂へと足を踏み入れた。

民衆は、聖女の通り道の両脇に並び、祈りを捧げている。


大聖堂の中は、蝋燭の光ではなく、魔道具の灯りで満ちていた。

人のいない礼拝堂は、外の喧騒とは正反対に静まり返っている。ここにだって人は入れられるはずなのに……。懐の小さな奴らだ。


「こちらです」

大聖堂は、いくつもの建物と連結していた。宿舎、学舎、兵舎。

「ここで、教会の関係者たちは寝泊まりしているのね」


階段を上り、長い廊下の先――ようやく私たちは、枢機卿の待つ応接室へ辿り着いた。

重い扉。赤い絨毯。その奥に、長い白髪と白髭をたくわえ、目の窪んだ痩せた男が座っている。


「お待たせいたしました」

悪びれた様子はどこにもない。

まるで、突然訪ねてきたこちらが悪いのだと言わんばかりだ。


「座ってもよろしいかしら。私は聖女ソフィアです」

返事を待つことなく、クルミが椅子を引き、ソフィアが腰を下ろす。

クルミはすっかり、聖女の護衛役になりきっていた。


東方聖教会の最高位は枢機卿だが、本来、聖女への敬意が払われるべき立場だ。

だが彼には、その欠片すら見受けられない。彼女から名乗らせている。


「よく存じております。貴女を聖女にした一人は、枢機卿である私――グレゴリオ二世ですからな。ところで、何をしに来られたのです? この地に魔物はおりませんぞ」


魔物はいないが、妖怪はいるだろう。

今すぐ成敗したい気分だった。いや、クルミが斬りかかるのではと内心ひやひやしていたが、彼女の表情は変わらなかった。


「ええ。ですが、民の悲鳴が届きました。簡潔にお話ししましょう。明日正午、この地にて会議を召集いたしました。準備をお願いします」

「勝手に……」


「貴方にとっても悪くない話です。共和国の平和をもたらした英雄として、名を歴史に刻めるでしょう。私も折に触れて語るかもしれません。貴方が、この会議を主催したと」


「なるほど。さすがは知恵者のソフィア聖女だ。謹んでお受けいたしましょう。何をしておる? 聖女様に部屋と食事の準備を」


 彼は、嬉しさを抑えて、司教に指示を出した。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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