逃げない者の名
「困ります。こんなに捕虜がいても……」
騎士団員が、明らかに胃の痛そうな顔で相談に来た。
無理もない。捕虜の数は、想定をはるかに超えている。
同情は出来る。だが、軍事裁判もせずに釈放など出来ない。
今は私たちがいるから大人しいだけだ。
目を離せば、再び剣を取る。それだけの覚悟と経験を持つ連中だ。
「リリカ、自然監獄を頼むわ!」
……それ、土で出来てるだけで自然じゃないんだけど。
「え、またやるの? でも武装解除だけじゃ、魔術を使える奴が多いから……」
「じゃあ、厳重な監獄を作ったら?」
「出口の無い深層地下ダンジョンとか?」
「それ、良いわね。リリカ。階層主の猛獣、捕まえに行こうか?」
冗談のつもりだった。
だが、降参した冒険者たちの顔から、血の気が一気に引く。
「勘弁してくれ! 俺たちは、仕事をしただけだ!」
仕事。
その言葉が、やけに軽く聞こえた。
許される仕事もある。だが――。
「じゃあ、聖教会に引き渡すわ」
「うん。ルミナに話しておく」
信者になるまで釈放はされない。さらに、多額の寄付という名の保釈金。そして、そのまま西方聖教傭兵隊に編入。
救済と支配。その境目が曖昧なのが、あの組織だ。
「それで良いかしら? リラ?」
私は彼女を見る。
この判断は、もう私のものではない。
「はい。お任せします」
声は静かだった。
だが、その奥にある覚悟だけは、揺れていない。
「さて、シャルル。あなたの罪は、その程度じゃ済まないわ。リラ?」
「シャルルお兄様には、きちんと罪を償ってもらいます。軍法会議にかけます」
「おい、リラ! 兄妹じゃないか! そんなことをして、助け出されたら……復讐するぞ!」
縄に縛られたシャルルが、獣のように吠える。
一瞬、空気が張り詰めた。
「兄妹かどうかは関係ありません」
リラは、まっすぐに言い切った。
「私たちは、統治者です。そしてあなたは、無差別殺人の首謀者です。申し開きは、会議でしてください」
そこに感情はなかった。
いや、正確には――感情を、完全に押し殺していた。
私たちはシャルルを連れ、ヴァーデン本家の屋敷へ向かう。
「……誰もいない」
門は開かれ、屋敷は空っぽだった。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
「アンリの野郎、逃げたんだよ」
シャルルが、愉快そうに笑う。
「どこに?」
「さあな。きっと兵隊を連れてもどってくるぞ!
だからリラ、お前も公爵になろうなんて思わず、逃げるんだな」
「別に、公爵になんてなりたくない」
リラは、一度だけ息を吸った。
ほんの一瞬、迷いが見えた――ような気がした。
「でも……これ以上、混乱はさせない」
その場にいた全員が、彼女を見る。
「だから私が、ヴァーデン公爵になります。この地を、私が治めます」
逃げない。背負うと決めた声だった。
「リリカ様、クルミ様。これからも、ご協力をお願いします」
それは宣言だった。
少女の言葉ではない。為政者の言葉だ。
「良い顔するじゃん。リリカ、合図を!」
私は、空へと魔術を放つ。
既に、空は暗闇に包まれている。
夜空に咲いた花火が、闇を切り裂いた。
「すごいでしょ!」
「さすが、先生です」
リラの表情が、ほんの一瞬だけ、いつもの彼女に戻る。
「……それで、何が起きるのですか?」
コヨリが、見上げながら尋ねる。
「合図よ」
直後、夜の向こうから地鳴りのような足音が押し寄せた。既に教会近くの森まで、軍勢は進んでいた。
「ヴァーデン侯爵の依頼を受け、治安維持のため、ノクスフォード侯爵軍およびマリスフィア侯爵軍は、リヨンへ進駐する」
――この夜、リヨンの支配者は確定した。
新たな主、リラだ。
「リリカ様、やっと会えましたぁ」
エマが抱きついてくる。
ガンツ率いるノクスフォード軍と共に来たのだ。
「ご苦労様。しばらくは、この地で治安維持軍よ!」
「任せておけ。やることは、この街の再建だな」
「そうよ。ガンツ頼んだわ。……って、なんで貴方がここにいるの?」
視線の先にはドノバン。
「別に。暇だから……」
隠れない時の彼は、だいたい構ってほしい。
「そっ。じゃあ手伝ってね。私たちは、国都パリスに行くから」
「いや、護衛につく」
「大丈夫よ。前衛はクルミがいるから」
「……」
露骨に拗ねた。
「冗談よ。守って欲しいわ。リヨンはワインが美味しいの。探しに行きましょう!」
私は彼の手を取った。
途端に機嫌を直す。
「ああ」
戦闘が終わり、治安維持軍が街を巡回し始める。
リラが新たな侯爵になることが広まると、町は一気に息を吹き返した。
夜店が並び、人々は祝杯をあげる。
「どうぞ、一杯奢ります!」
「この肉も美味いですよ! もちろんただです!」
熱烈な歓迎に、あっという間に満腹になった。
「楽しかったね、ドノバン」
「久しぶりだね」
試飲と試食の末に手に入れたワインと果物を、彼が抱えている。
彼自身も、少し飲み過ぎているようだった。
「やっと帰ってきた!」
ヴァーデンの屋敷では、待ち構えていた者がいる。
「どうしたの?」
「ナイルがパリスから到着しています。報告があると」
水を飲み、酔いを醒ましながら会議室へ。
「商人仲間からの情報です。最近、急速に力をつけてきた勢力があります」
「その名は?」
「真聖女派です」
――私の酔いは、完全に醒めた。
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