聖堂包囲
「そんなに怒らないで……」
私は風魔術を解き放ち、兵たちをまとめて吹き飛ばした。
「わわわ、助けてくれ!」
「なんじゃこりゃ!」
少し力が入りすぎたらしい。
周囲は一瞬で暴風雨のようになった。
兵たちは空中に舞い上がり、次々と地面に叩きつけられる――
どすん、どすん、と鈍い音を立て、動かなくなった。
殺してはいない。
ただ、完全に戦闘不能だ。
「魔術師がいるとは、どういうことだ!」
怒鳴り声を上げたジュリアは、背の小さな男だった。
彼の背後には、数十人の親衛隊と、数百人はいる盗賊のような男たちがぞろぞろと控えている。
「魔術師がいちゃいけないの?」
「教会だろ!」
防衛する強い人間がいて、腹を立てているだけだ。身勝手な話である。
「だ・か・ら。教会に魔術師がいて、何が問題なの?」
どうにも話が噛み合わない。
「剣士もいるぞ! それで何の用だ?」
剣を取りに戻っていたクルミが、手にした剣をくるくると回しながら声をかけた。
「お前たちに用はない。司教に会いに来た。早く通せ!」
「だから要件を聞かないと通せないって!」
私の言い方を真似するな。完全に煽っている。
その時、盗賊の首領らしい男が、ジュリアの肩を叩いて前に出た。
「俺たちも暇じゃねぇ。この教会を守ってやるから、金と食料を出せって話だ。簡単だろ? 嫌なら、取り立てるだけだ」
……なるほど。
やっぱり、ただの強盗だ。
侯爵の息子が、よくもまあこんなのと一緒になったものだ。
盗賊の首領の合図で、部下たちが一斉に武器を振り上げる。
私たちを、完全に舐めている。
「その首領は、クルミに譲るわ。他は閉じ込めておく」
私は地面を隆起させ、巨大な土壁を出現させた。
逃げようとする者は、風魔術でまとめて放り込み、完全に隔離する。
――うん、悪くない。
細かい制御も、だいぶ慣れてきた。
「そうだ。教会も防御壁で囲いましょう」
石と土が組み上がり、教会全体を包み込んでいく。
要塞というより、天守閣だ。日本の名城みたい。
我ながら、惚れ惚れする出来だった。職人の腕が鳴る。
「……何をやってるの?」
クルミの声で我に返る。
気がつけば、警備兵も信者も、全員が口を開けて固まっていた。
「どうかしら? 難攻不落よ」
「呆れたわ。……悪いけど、あの首領は殺しといた」
彼女の視線の先では、ジュリアが地面に座り込み、ぶるぶると震えている。
どうやら失禁しているらしい。
炎をまとった剣が舞った痕跡だけが、静かに残っていた。
命までは奪わない。
それが私のやり方で――
奪う役目は、彼女の方だ。
「怖いわよね」
私は小さく肩をすくめる。
「彼女、容赦がないから」
ジュリアを立たせると、教会の応接室に通した。
※
事情聴取の時間だ。
大司教ルミナと、この教会の司教も同席している。
「つまり、リヨンで、二人の兄が勢力争いをしているということ?」
「ああ。アンリ兄は貴族たちの、シャルルは商人や市民の支持を受けて、好き勝手やってる。碌でもない奴らだ」
いや、強盗団と組んで脅して回っているお前も、大概だ。
「それで、お前は?」
「本当は、奴らと行動するつもりは無かったんだよ……」
「だが、結果的には、お前の名前で行動していた」
この周辺の治安を悪化させていた原因が彼らだということは、信者たちの証言で裏が取れている。
「どうしよう?」
「一人ずつ取り調べしている時間はないし、私たちに権限もない。あのままで良くないか?」
クルミの答えは、いつも明確だ。
「それがいいわね。私たちが面倒を見てあげるわ。このお坊ちゃんも一緒にね!」
ルミナ大司教が、にこやかに言った。
「ふざけるな!」
「教会に押し入って、怪我もさせたのよ。奉仕活動をしてもらうわ」
武器を取り上げられ、奉仕用の作業着に着替えさせられた。
箒を持たされ、世話役に監視されている。
「もし、あなたがしっかりやらないと、壁の中の部下がいじめられるわよ」
壁の中の兵と部下は、武器も所持金も、服装に至るまで、すべて教会に寄付させられている。
「安心しなさい。礼拝はそこでも出来るわ。一月もいれば、立派な信者よ」
……怖い人だ。
私は心の中で、静かに震えた。
「そういえば、あなたの妹ってどこにいるの? 確か、リラだったかしら」
「ああ、あいつか。妹だ。変わり者でな、言葉が通じない」
それを言うなら、お前も大概だ。
「だ・か・ら。どこにいるの?」
「ああ、悪い悪い。ふらふらしててわかんねぇんだ。娘のメイド長にでも聞いてくれ!」
※
「さあ、行くわよ、リリカ」
「ちょっと、待って」
私は教会の看護師に薬を分け与え、注意事項を説明していた。
向かうは、リラの屋敷。二人は冒険者の姿に変装した。
彼女の屋敷は、リヨンに流れ込む川の上流。森の近くに、ひっそりと立っていた。
門は開いており、人の気配もない。
途中で出会った商人や農民に場所を確認したので、間違いはないはずだ。
ただ一人、屋敷の敷地で洗濯をしているメイド姿の女性がいた。
きちんとした佇まいで、普通の人とは思えない雰囲気をまとっている。
私はクルミと顔を見合わせ、声をかけた。
「すいません。こちらはリラお嬢様の屋敷ですか?」
「どちら様でしょうか?」
彼女が身構えているのがわかった。
強い。
「失礼しました。マリスフィア侯爵家の者です。リラ様は?」
「出かけてまして。もうそろそろ戻る時期かと……お待ちになりますか?」
思いもかけぬ提案に、私たちは驚いた。
「それでは……」
足を踏み入れたリラの屋敷は、私たちの想像を超えていたものだった。
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