律儀な花
本年もありがとうございました
「だから、結婚して無いって」
私は言い訳をしていた。だって、お芝居の一幕だから。そう思い込もうとしていただけで、本当は分かっていた。
王都に広がる噂は、駆け引きや冗談で生まれる速さではない。誰かが、もう引き返せないところまで踏み込んでいる。
「ふうん。王都中の噂になってるけどね」
「もう……うるさい」
きっと、ドノバンの戦略だ。既成事実化作戦というやつ。
そう決めつければ、気は楽だった。
私は、クルミと向かい合ってお茶をしていた。
「それで、何の用?」
「もう一つの噂、知ってるでしょ?」
「ははぁ……」
知らないわけがない。
ディナモスの妃選び。その筆頭に、クルミの名があるという噂だ。
政治の話に見えて、その実、誰かの覚悟が滲んでいる。
「困ってるのよ、なんとかしてよ!」
「ふふふ。それで、本当はどう思ってるの?」
「別に、なんとも思ってないわよ‼︎」
ほんの少し、声が強くなる。
それが答えだった。
高嶺の花であるクルミを、本気で口説こうなんて思う男。
「よほど自分に自信があるのか、馬鹿なのか……どっちかよね」
いや、ディナモスは、自信があるとか無いとか、そんなことすら考えない。
勝てるかどうかでもない。得か損かでもない。
あの男は、後悔するかしないか、それだけで動く者のような気もする。
「あの男、よくわかんないの」
「じゃあ、本心を確かめましょう」
政治的な理由だけで、結婚なんてさせない。
少なくとも、私が関わる以上、逃げ道を残したままゴールに立つことは許さない。
「どうやるつもり?」
クルミが偽聖女として叩かれた時も、ディナモスの態度は変わらなかったという。
試練のメンバーにも選び、距離を取らなかった。離れた者は多い。けれど、彼は違った。そしてきっと、クルミも――彼を嫌ってはいない。
「別の婚約の噂を流す!」
「そんなの、すぐばれるわ」
「任せといて!」
私のクルミは、高いのだ。
国王だからといって、簡単に手が届くなんて、私が許さない。
まずは相手探し。侯爵家に釣り合う相手。
多少落ちてもいい。優しくて、彼女を幸せにできる男。
そう条件を並べながら、私は無意識に、たった一人を基準から外していた。
悪の軍団会議幹部会を、特別招集する。
「共和国の新興貴族。柔軟な発想で、しがらみもなく、金もあります」
「却下!」
「帝国侯爵家の三男。文武両道、国王みたいな岩男と違ってイケメンです」
「却下!」
「おいおい、お嬢。何が気に食わない?」
「なんでだろう……」
答えは、分かっていた。
本気で来る男がいる以上、中途半端な覚悟じゃ足りない。
「相手にも、選ぶ権利はありますよ?」
「はぁ。クルミだぞ。死んでも手に入れたいに決まってるでしょ」
理論じゃない。これは、ただの要求だ。
結局、「マリスフィア侯爵領に眠る海賊の宝」を手に入れた者に、婚約者候補の資格を与えることになった。もちろん、私とミオおばさんの差金だ。
期間は一年。
命を懸けなければ辿り着けない場所へ来る覚悟があるか――それを見る試練。
選ぶ側が、選ばれる側になる。王国の常識では、ありえない。
だからこそ、この試練には意味があった。
クルミは、不安そうだった。
公爵家の婚約者になれる。意気込んでいた者たちも、やがて現実を知り、姿を消していく。
「頭を使えば、抜け道はいくらでもあるんだけどね」
採掘しろとも、探索しろとも、書いてはいない。
一年後。
期限の日、宝を手にした二人だけが城に現れた。私が却下した悪の軍団の推薦した奴らだ。
「どっちにする、クルミ?」
冗談のつもりだった。だが彼女は、本気で言った。
「約束を果たした人の中から、選ぶわ」
「え?」
私は、彼女の律儀さを読み違えた。困った。
その時だ。
「城門を開けろ!」
無骨な声。
そこに立っていたのは、国王ディナモス。
護衛も取り巻きもいない、たった一人で。ただ、ドラゴンのティアが空を飛んでいた。もしかして、一緒に来たのか……。
「何の用?」
「俺も約束の品を持ってきた、受け取ってくれ」
まず、候補者二人の宝が献上される。
倉庫の品、墓から掘り出した遺物。
「ふむ、問題ない」
ミオは二人を認めた。
「で、国王は?」
「ああ、これだ」
背負っている汚い麻の袋をぶちまける。
海水、珊瑚、古い宝、骨、剣――。
「……海賊船を?」
「なかなか、遭遇出来なくてな。それと間違えたくなくて、全部持ってきた。これなら文句あるまい!」
命を賭けて、試練に挑んだ。
王としての威信も、安全も、立場も捨てて。後悔しないためだけに。
腹から血を流しながら、具合悪そうに彼は立っていた。
「何やってんのよ。国王でしょ」
クルミは、私の薬を彼に飲ませた。
「嫁をもらうのは、俺の個人的な問題だ。後悔はしたくない。骸骨船長は強かったな」
私は、知らなかった。
王であるはずのディナモスが、噂でも政治でもなく、ただ一人の男として選ばれる覚悟を最初から決めていたことを。
その決意が、クルミの迷いを消し去り、策を弄していた私自身の本心を暴き出し、もはや誰にも否定できない現実を突きつけた。
「この王国の王族たちは、何を考えてるんだか……」
私とクルミは、顔を見合わせて笑った。




