リリカ・ノクスフォードの結婚
決して忘れて完結させていたわけでは……。
「ドノバン・ヴァレンシア。リリカ・ノクスフォードを妻とし、病に伏す時も、健やかに歩める時も、満ち足りる時も、何も持たぬ時も。この命が尽き、海へ還るその日まで、共に生きると精霊王に誓うか?」
島の司教が、手にした杖で舞台の床を打つ。
それは、シシルナ島で年に一度行われる、精霊王信仰の冬の祝祭。その奉納演劇の一場面だった。
「もちろんだ! 一緒にいて満ち足りぬなんてことはない!」
ドノバンは、あっさりと誓詞を逸脱する。
「余分な言葉はいらない」
司教は露骨に眉をひそめ、彼を睨みつける。だが次の瞬間、島中から集まった民衆が、拍手と歓声を巻き起こした。
「いいぞ! 若様!」
「熱い言葉が足りねえぞ!」
「そんなんじゃ落ちねえぞ! 若ぼっちゃん!」
時は夜。なぜかこの日前後には、必ず雪が降る。ちらちらと舞い落ちる雪は、地上に届く前に溶けて消えた。
篝火があちこちに焚かれ、さきほどまで賑わっていた露店で仕入れた魚串やワインを手に、島民たちは出し物に夢中だ。
「リリカ・ノクスフォード。ドノバン・ヴァレンシアを夫とし、病に伏す時も、健やかに歩める時も、満ち足りる時も、何も持たぬ時も。この命が尽き、海へ還るその日まで、共に生きると精霊王に誓うか?」
言葉が震えるかと思った。だが、私は大きく答えていた。
「誓います。私が必ず幸せにします」
――え? ええ? えええ?
私の中のリリカの野郎が、勝手に仕掛けやがった。
「おいおい! 坊ちゃん、負けてるぞ!」
「いや、負けてこそのシシルナ島魂だ!」
「リリカ! リリカ! リリカ!」
「鎮まれ!」
司教は厳粛な儀式を台無しにされた怒りを、杖を地団駄のように打ち鳴らすことで表した。
その茶番――いや、祝祭に華を添えたのは、伝説のドラゴン、ティア様だった。もちろん、今宵の雪の演出も……。
「おい、あれは近頃、再び現れた神の使いだ!」
「古き物語のドラゴン、ありがたや!」
司教の杖ではなく、竜の登場によって、祝祭は一転して厳格なフィナーレを迎える。
ティアは一度だけ島をかすめるように旋回し、雲の向こうへ消えた。
――が。
広場の端では、大きな鷹がいつの間にか肉をもらっている。与えているのは、エマだった。
茶番、正しくは祝祭で行われる奉納演劇に、私が参加させられたのは、最初から仕組まれていたことだった。
「サクナ商会連合の慰安旅行兼、薬草農園視察」
この一大イベントには、私の悪の軍団と、スミカちゃんらサクナ薬局スタッフ、なぜかついてくるカンちゃんまで含まれている。
「お小遣いは渡したからね。じゃ、解散!」
島にはチョコ村、陶芸の村、カジノ村、それに農園がある。数日は自由行動とし、祝祭の日に島の中心である港町へ集合することになっていた。
宿屋や食事も、ドノバンの手下たちが手配し、万全にアテンドしてくれていた。
「悪いわね、ドノバン」
「いや、俺もいろいろあって、あまり構えないけどな」
地元に戻った彼は忙しいらしく、私の前にはほとんど顔を出さなかった。
代わりに世話をしてくれたのが、島の老女だった。今回はセバスチャンもエマにも休みを取らせた。エマは取りすぎな気もするが。
話上手な老女、ニコラ。腕や顔の傷、佇まいから、冒険者の匂いは隠しきれていない。
「あんた、面白いね! 気に入ったよ!」
「私もよ、ニコラ!」
こちらが話を聞き出そうとしていたはずなのに、いつの間にか私が喋らされている。商人としても一流だ。
農園視察や教育の様子を見て、少し観光をしているうちに、あっという間に祝祭の日が来た。
「ドノバン様から。お礼にこれを着て、芝居に参加してほしいそうだよ」
そう言って渡されたのは、ウエディングドレスだった。
精霊王信仰の物語の終わり。村のカップルが結ばれ、精霊王の祝福を受けて幕を閉じる奉納劇。
出番はラストだけ。
台詞は「はい」だけ。
「まあ、それくらいなら……」
だが衣装はずっしりと重く、半端なく高級だった。さすが、伝統ある祭りだ。
※
「今日のよき日に、私から皆に話をしよう」
司教が退き、代わりに島主が姿を現す。
島民は一斉に頭を下げた。
――ニコラだった。
「ど、どういうこと、ドノバン?」
静かに尋ねるが、彼は黙したままだ。
「リリカ。この島は楽しかったかい?」
穏やかな声。
「そなたは侯爵として王国に仕える身。精霊王は“島に嫁ぐ”かではなく、島と響き合う者となるかを問うておられる。答えてもらえまいか?」
その言葉に、私の胸が強く鳴った。
精霊の気配は、演技ではない。
逃げ道も、台本も、ここにはない。
一瞬、焦りが込み上げる。
それでも――。
風が、拒まぬように髪を揺らした。
精霊たちは、待っている。
「はい」
胸に手を当て、はっきりと告げる。
「私は王国の責務を捨てません。ノクスフォードの名も背負い続けます。ですが、精霊王の理のもと、ドノバンと魂を共にすることを選びます」
彼の顔が心底嬉しそうだった。セバスチャンたちが泣いている。
精霊が一斉に揺らめいた。
祝福だった。
島主ニコラは、静かに宣言する。
「ここに宣す。二人は王国法の婚姻にあらず。精霊王の盟約により結ばれし伴侶である」
海賊の策略によって、私は婿を娶った
今年もありがとうございました。今後も頑張ります。よろしければ、他二作も是非! ステージとなったシシルナ島物語を!




