第97話 イロア
イロアは自分が奪った生命を何も思わなかった。
故に幼少の頃に両親が魔獣によって殺された事も今は仕方がない事と考えていた。
怒りと悲しみを忘れた訳では決してないが、自分もまた生きる為に生命(主に魔獣)を無闇に奪っているのだから、そんな身勝手な考えはやめたのだった。
だから、イロアは何も思わない。ただ自分勝手な理由で生命を狩る。それ以外の理由は何も考えなかった。
◇◇◇
イロアが初めて魔獣以外の生命体──つまり人間を殺したのは、13歳の頃だった。
ある国のある町に巣食う盗賊団の38名を皆殺しにした。
理由は、自分が世話になった町の人たちが困っていたから。
つまりは、イロアの自分勝手な都合であった。
盗賊団のリーダーは3人居て、その誰もが大魔道士 (ただし1人は嘘をついていて魔道士だった)だったが、その頃のイロアは既に魔獣退治歴が8年もある戦いと殺しの熟練者であり、しかも英雄種なので彼らよりは格上の存在であった。
イロアはアジトに乗り込むと躊躇なく斬って斬りまくった。無策で突っ込んでいき、盗賊団の1人1人に対して全身全霊の一撃を見舞っていった。
少しだけ息が切れたのは、最後の1人となった盗賊団のリーダーの自称大魔道士の彼が戦意喪失となり両膝を地に突けた頃だった。
「ま、待ってくれ! た、助けてくれ! ち、違うんだ! 誤解なんだ! お、俺はそもそも盗賊なんてやりたくなかったんだ! こ、コイツらに騙されて……そ、そう騙されて俺も盗賊になった……い、いわば被害者、そう、被害者なんだ俺は。そ、そもそも大魔道士でもないんだ俺は! 初歩魔法もほとんど使えない雑魚なんだ! だ、だから、そんな弱い人間は殺さないでくれ! あんた英雄種だろ? 俺なんかが生きていたって害になんてならないだろ? だ、だから見逃してくれ! た、頼む! 頼みます! お願いします! お願いします! お願いします!!」
盗賊団のリーダーの彼は頭を床に擦り付けての必死の懇願をした。
「──慈悲を! 慈悲を! お願いします! 慈悲を! 慈悲を!」
「……魔獣も言葉を交わす事が出来たなら、そうだったのかな……」
イロアはポツリと呟くようにそう言った。
「──いや、魔獣はそうは考えないのかな……。奪う事と奪われる事を等しく考えているから。戦うって事は勝つか負けるか、ただそれだけの事だから」
ポツリ、ポツリ。
「──俺も、そうなんだ。いや、そうなったのかな……それは忘れたけど、戦いは勝つか負けるか、殺すか殺されるか。それだけでしかないと思っているんだ。それ以外の事は何も考えていないんだ」
無心。
「──それは考えないようにしてる訳ではないんだ。ただ本当に今は、いや、だいぶ前から何も思わないんだ。魔獣の、人間の、生命体を殺す事を俺は本当に何も思っていないんだ。だって、そもそもそれは不自然だろ? 殺す事に理由を含めるなんて。そんなのは自分を正当化する為の言い訳でしかないんだから」
淡々とした口調で、淡々とした表情で。
「──人助けとか復讐とか正当防衛とか巨悪の根源を打つ為とか……俺はそれを大義名分にはしないんだ。ただのきっかけにしか思っていないんだ。俺は俺の意思でお前たちを殺すって決めたから殺すだけなんだ」
そう言ってイロアは剣を上段に振り上げた。
「──だから、命乞いなんてしないでくれ。俺はお前たちを殺す為だけにここ来ているんだ。だからお前が生きる方法は俺に勝つことしかないんだから」
重量300キロを超える英雄種の剣はそのまま自称大魔道士の彼の身体を真っ二つに切り裂いた。
英雄種イロア。彼は生命を奪う事を何も思っていなかかった。
淡々と。




