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その世界のつわものたち  作者: あいの
第二章 現在と、過去
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第96話 戦後のポトスの国

 

 ポトスの国の指名手配犯であるスローザの死は梟型の玄獣によって先ずは王城内で待機している同型の仲間にテレパシーで伝わり、それからすぐにアイス国王とキオウに届けられた。


「……ん。そうか…….」


 アイスはそうとだけ答えた。


 それから城内を部下たちと歩き回り、修繕箇所と死者を確認していった。


 アイスは無表情であった。まるで事務処理でもするかのように淡々と終えていった。


 悲しみと怒りは今は必要がなかったから。それよりも国の象徴である王城の修復と、亡くなった人を家族の元に届ける事の方が重要であったから。


 城内での死者64名。


 戦争の主犯者である国王は、何も言わない。



 ◇◇◇



 キオウの元に部下の玄獣たちが戻ってきた。


 6体共に満身創痍であったが、命は無事であった。


「申し訳ありませんキオウ様。敵国の主力となる3人の人間は逃がしてしまいました」


 亀型の玄獣が申し訳なさそうに頭を下げた。


「コレも敵を逃がした。責めはせん。それよりも、その脚は大丈夫か?」


 キオウは豹型の玄獣の切断された後ろ脚を気遣ってそう言葉をかけた。


「申し訳ありません。全てわたしの責任です。わたしが脚を切断されたばかりに敵を逃がしてしまい、本当に申し訳ありません」


「コレは責めはせんと言った。2度も言わせるな。それよりもお前たち、もう休め。いつまた戦争が始まるか分からんからな」


「……戦争は終わりませんな……」


 亀型の玄獣がうんざりしたようにそう言った。


「……それは人たちだけの問題ではない。コレらの血もまた同じよ。この世界はそういう世界だからな」



 ◇◇◇



 マイちゃんは落ち込むと、うつ伏せになる。ロクトが何度も仰向けに変えても、うつ伏せ状態に戻った。


「オラ、反省中だよ……。オラとゼンちゃんは反省中はずっとこうするんだよ(別にミヨクの指示ではない)」


「ゼンちゃん? いや、えっ、でもそれっていつ直るの? 反省中はいつまでなの? ボクはもう全然…….いや、そもそもマイちゃんが悪いとは思っていないんだけど……穴に先に近付いたのはボクの方なんだから……」


「反省は長ければ長いほどいいってゼンちゃんが教えてくれたから、今回のは10日は絶対に超えるんだよ」


「10日……そ、そんなに? しかも超えるの? えっ、そ、それは凄く困るよ……」


「えっ? ロクちゃん困っちゃうの?」


「……うん。ボク、記憶とかないし、それに他人と喋るのも苦手だから……マイちゃんが居ないと凄く困るよ……」


「そうなの? ロクちゃん困っちゃうの? ロクちゃんが困るとオラも困っちゃうよ。どうしよう……」


「えっ、じゃ、じゃあ、取り敢えず今回の反省はもう大丈夫になってくれないかな……そ、そうしたらボクは困らなくなるから」


「そうなの? じゃあオラ、今回の反省はもう止めるよ。ロクちゃんが困るとオラも困っちゃうから、もう止めるんだよ。でもオラは今日はずっとこうしていたいから、今日はこのままでいたいんだよ」


「……う、うん。分かったよマイちゃん。今日はそのままでいいよ……」



 ◇◇◇



 ロクトはマイちゃんを気遣って外に出ると、そのまま海辺まで歩き、それから砂浜に腰を下ろした。


 日の入りが迫った夕暮れ。ロクトは左の手を見つめた。


 ──今はもう普通の肌色を取り戻した左指を。


「……幻じゃないよね……あの黒い色は……。あの高さから落下しても無傷だったのが何よりの証拠だよね……しかもボクには思い当たる節もあるし……」


 ラグン・ラグロクト……。


「──ボクの本当の名前……。キミがボクを助けてくれたんだろ?」


 その問いの先は、彼の頭の中もしくは心の中に居るハリネズミのような姿をした神獣(ロクトは知らないが)であった。


「──……て、あれ? キミ少し大きくなってない?」


 そう、神獣は大きくなっていた。しかもその全体の色も白から灰色へと変化していた。


 だが、神獣はロクトを見つめたまま何も言わず、そして、やがて目を閉じてたぶん眠った。


「──やっぱり答えてはくれないなんだね……。ただ……確信はしたよ……いや、本当は最初から薄々と気付いていた事なんだけど……ボクは……ラグン・ラグロクトはとっても強い存在なんだろうね……だからボクは何者かによって閉じ込められていたんだろうね……」


 強い存在。この世界に置いてそれは不平等の中で見下ろす側に立つ者の事。


「──ボクは……嫌だな……。望みたくないよそんな立場……。ボクは誰かを傷つけたくないんだ……」


 ロクトは表情に影を落としながらそう言った。


「──……沢山の人が死んだんだ……。たったのついさっきの事だったんだ……。王城に居る人たちは皆いい人たちばかりで、ボクに掃除の仕事を教えてくれたタナさんはいつも明るくて元気で優しくて、ボクはタナさんに会うといつも元気をもらっていたんだ。ササさんは3か月前に料理主任になった人で、ササさんの作る肉野菜炒めはとても美味しかったんだ。ヤマさんは去年子供が産まれて、その子の事をいつも幸せそうに話していたんだ。ボクと一緒に勉強をしているミヤちゃんはとても頭が良くてボクはいつも分からない所を教えてもらっていたんだ……」


 ロクトの瞳から自然と涙が溢れてきた。


「──でも、たったのついさっき……皆、殺されちゃったんだ……。たった1人の……たかが強いってだけの人間に……そんな事が許されていいのかい? 許されていい筈がないだろ。なんだよ、強い人間と弱い人間って……そんな誰かを傷付ける為だけの強さならボクはいらない……うう……タナさん……ササさん……ヤマさん……ミヤちゃん……みんな……」


 ロクトのそんな様子を神獣が瞳を開けて見つめていた。最初は何故か怒ったような表情で、それからやがて何故だか悲しむような表情になり、その際に身体が一回り小さくなり灰色に変色していた体毛も白へと戻っていた。だが、ロクトはこの変化に気付く事はなく、神獣も再び目を閉じた。



 ◇◇◇



 夕日が沈み、空に星がぽつぽつと輝きを灯した頃にアイスがやってきて、ロクトの隣に並んだ。


「……王様……」


 すぐに気付いたロクトは即座に立ち上がろうとしたが、その前にアイスに「そのままでいい。わた、我も今はプライベートだし……なによりも今は顔の位置を合わせたくないから」と言われて、ロクトはその涙声から意味を察した。


 2人の間に暫く沈黙が訪れ、やがて、アイスが静かに声を発した。


「わた……我……私はこの国の王だ。戦争の主犯者だ」


「……」


「……でも、でも、私だって悲しいんだ。タナは……タナさんは他の皆の活力になるからと自分がどんなに疲れていても笑顔を絶やさずに仕事も几帳面で、ササさんの肉野菜炒めは間違いなくこの国のNo.1の味付けで、ヤマさんは父の代からこの国を支えてくれた強くて優しくて家族思いで、ミヤちゃんは賢くて可愛くて、ハナさんは王城の母のような存在で、カシさんは歌が上手でいつも皆が癒されていて……」


 その後も、たぶん今日王城で亡くなった全員の事がアイスの口から溢れていった。


「──……誰も……誰も、誰も死んでほしくなかったのに……誰も、皆に生きていて欲しかったのにッ!!」


 そこでアイスの感情が溢れ、リミッターが壊れたように激しく泣きだした。


「──うう……ふーふー……うう……ふーふー……えぐ……うう……誰も、誰も、誰も死んで欲しくなかったのに!!」


「……」


 また2人の間に沈黙が訪れた。


 そして、


「……ん。失言だ。忘れてくれ」


 アイスは恐らく少女から国王へと切り替えるとそう言って、それからすぐに去って行った。

















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