第95話 英雄種と英雄種
身長175センチくらいのがっしり体型。髪型は短髪 (サイドはツーブロックでアップバング)で色は茶。衣服は所々が破れていて、右手には鞘を脱いだままの剣が握られていた。
イロア(第38話参照)。
彼はカネアの大陸で魔獣被害に遭って困っている人を助けて、それで生計を立てている英雄種で、この時はスローザが襲撃した集落の近くの町に身を置いていた。
微かな悲鳴と突如として現れた不穏な空気に気付いたイロアがその集落に近づくと、すぐにスローザと遭遇した。
英雄種スローザ、と、英雄種イロア。
「……全員殺したのか?」
イロアがまずそう問いた。
「殺した。だから?」
スローザは血濡れた剣を見せつけるようにそう質問を返した。
「なんの為に?」
「気分だ。なんか皆殺しにしたい気分だったから殺した。俺は英雄種だ。だから問題ないだろ? この世界では強い奴がルールなんだから」
「……だったら俺がお前を殺すのも、それはルールという事だな」
イロアはそう言ってその瞳に殺気を宿し、スローザは
「ハハハ」と狂気に口角を上げた。
◇◇◇
キオウの部下で、迷彩柄の羽毛を纏ったフクロウに似た姿をした玄獣(以下梟型の玄獣)の複数体は、結構離れた林の中から見ていた。
指名手配中のスローザとイロアのその戦いの行方を。
先ず動いたのはイロアであった。上段に剣を構えて距離を縮めていった。
その様を見てスローザは、咄嗟に拍子抜けさせられた。なんだそのバレバレの動きは? と。さっきの啖呵と殺気からそれなのか? と。
──だが、嘲笑はしなかった。ふと、続けてこう考えてしまったからだ。
罠か? と。
それは、心理戦じゃんけんを考える心境に似ていた。
──おれ、グーを出すから。と言ってから始めるじゃんけんの所謂アレの心境。
この上段の構えはフェイントか、フェイントではないのか、随分と隙だらけだが、こちらから攻撃を仕掛けた方がいいのだろうか、それともそれは悪手なのか、どうなのか? といった具合にスローザはイロアの予期せぬ動きに頭を無駄に働かせてしまっていた。
それよりも攻撃を繰り出すべきだった。もしくは取り敢えず脚を動かすべきだった。悩むのは身体を動かしながらするのがやはり得策であった。
故にいつの間にか距離が詰まっていた。無論それはイロアの間合い。間髪を入れずに剣を振り下ろしたのも当たり前の事であった。
◇◇◇
ゾワッ。
その一撃は獰猛な獣を連想させた。
腹が空きすぎて今にも餓死寸前な獣が遂に待望の獲物を見つけて一心不乱に迫ってくる脅威を。
それほどまでに全身全霊を込められた一撃であった。
初撃でありながら、まるで終撃であるような絶なる一撃であった。
◇◇◇
──イロアは常に2撃目を考えていなかった。戦いとは互いに初手で全力を出し合って決するものと理解していたからだ(ただし2撃目を出さない訳ではない)。
それこそ獣に近い考えなのだが、それは仕方のない事。何故なら彼の敵は幼い頃よりずっとほぼ魔獣であったのだから。故に戦いというよりはその行為は狩に近かった。
駆け引きなしの食うか食われるかの勝負。
その為か、その一撃は魂にそのまま直接に喰らいつかれるかのようだ。と、かつてミヨクにそう表現されて恐れられていた。
◇◇◇
イロアの上段からの一撃の迫力に気負わされながらも、スローザは自身の剣でなんとか防いだ。
ズンッ!
重い物と硬い物がぶつかり合ったような重低音が辺りに重く響いた。それは英雄種が持つ武器が耐久力に特化した特殊合金を使用している為に普通の武具に比べて格段に重い(その重量の平均は300キロ以上であり、オアの大陸のユウシアの剣は実に450キロの重さがあった)が故に生じた音であった。
──でたらめな腕力をもつ英雄種だからこそ振り回せる特殊合金による剣。本能的に武器を盾のように使用するスローザもまたその耐久力を信頼しているからであった。
だが、イロアからのこの上段からの一撃は想像の遥か上にいく程に重く強かった。
……嘘だろ……そのガタイであのデカい化け物と同等レベルの重さかよ……。
どうやらスローザの印象的にはそうらしかった、
しかも、イロアのこの一撃はまだ塞き止まってはいなかった。現在進行形で尚、下へ下へと進んでいた。
ググググッ……。
徐々に、徐々にスローザは立っていられなくなり、遂には片膝が地を突き、それでも進行は止まらず、やがて──
べギンッッ!!
と、スローザの剣が真横に折れた。
重さ300キロを超える頑丈な盾である剣が。
「う、嘘だろ……俺だって英雄種だぞ……なんだよこの差はよ……」
「俺の方が強い。ただそれだけの事だ」
イロアはそう答えた。
そして、
──ズンッ。
イロアの剣は幾つもの骨をへし折る音を響かせながら、最終的に地面でそんな着地音を小さく刻んだ。




