第93話 キオウVSスローザ
推定体長4メートル、横幅2メートル。人型の二足歩行。全身を覆う体毛は赤く故にその赤が肌よりも際立って見え、髪は緑色のもじゃもじゃで目はそれに隠れていて、頭に生えている黄色い2本の角は空に向き、それよりも太くて長い1本の角が首の後を守るように肩甲骨付近まで伸びていた。全身は分厚い筋肉で盛り上がっており、衣服は膝丈のハーフパンツ一丁。腕は成人男性の身体ほどに太く長く、皮膚の質感は岩のゴツゴツしさを連想させ、その手には長さ10メートル、幅1メートルの巨大な金棒……いや、材質は不明な黄色い棍棒を握っている。
キオウ。系図では玄獣の上に位置するポトスの国の護り神。
その棍棒での一振りは暴風のように空気を切り裂き、その威光に満ちた迫力はそれだけで他者に死を感じさせた。
だが、スローザはキオウの半分以下の身長に1/3の以下の体重にも関わらず、その上段からの一撃を避ける事もなくその場で剣で受け……いや、剣で寧ろそれを斬りにいった。
ドォーーンッッ!!
と2つの力がぶつかった瞬間に衝突音と共に大地が激しく揺れた。力負けをしたのはスローザの方で、片膝を突いて鼻からツーと血を垂れ流したが、この圧倒的な体格差に対してそれだけで済んだようであった。
「……英雄種か?」
キオウが低い声でそう問いた。いや、問いたというよりは自身への確認の声が思わず外に出たといった感じであった。
「寧ろぶった斬ってやったら悔しがるだろーなと思ったんだが、予想通以上に強いな。痛えし……だから次からは普通に避けるからな。手が痺れるし、鼻血もうぜーから」
スローザはそう答えるとすぐ後ろに飛んで距離を取った。それをキオウが棍棒で追いかけるのが、速度はスローザの方がだいぶ速く、タンッ、タンッ、タンッ、と華麗な足音で嘲笑うと、キオウの上段からの大振りの隙を突いて攻撃に転じた。
その速度は更に速いものだった。キオウの棍棒が地面でズシンッと音を響かせた時には既に間合いを詰め終えていた。そしてそのまま剣でキオウの太腿を切断──いや、切断をしようとしたのだが、直撃こそはしたものの、その音はだいぶ鈍く、皮膚が少しだけ切れただけであった。
「頑丈か?」
そう言いながらスローザはまた距離を保つ。
「当たり前だ、人間。お前らとは皮膚の厚さも骨の数も太さも違う」
とキオウは答えたが、その幾つもある骨の幾つかは壊されていたたようで、脚に力を加えると表情を少しだけ強張らせていた。
──だが、当然にそんな事は大した事ではなかった。キオウは痛みを気にせずに攻撃を繰り出した。
大きな、大きな弧を描く棍棒での横振り。それは、ドガンッ! ドガンッ! ドガンッ! ドガンッ! と、立ち並ぶ幾つも柱を破壊しながらも速度を落とす事なく走り続け、破壊された瞬間から武器へと変わる柱が縦横無尽に破片を飛び散らせ、灰色の煙が視界を奪うように巻き起こり、支えを失った上部分が次々と倒壊していく。視界と逃げ場を失ったスローザはその倒壊に巻き込まれた。
──そこにキオウが更に追い打ちをかける。上段からの渾身の一撃をスローザを下敷きにしている柱の上から叩き込んだ。
──が、その一撃はまたもやスローザの剣によって防がれた。が、寝そべったままでその威力を防ぎ切れる筈もなく、身体を走る衝撃に幾つかの骨をベキベキと折れていき、やがてそれらが口から血となり吐き出される事で自身に危険を伝えてきた。
「ゲフッ……」
だが、それでもスローザは瓦礫を押し退けてすぐに立ち上がった。そこにキオウが真横からの更なる追い打ちをかけてきたのだが、それは悪手であったようで、スローザはそれも辛うじて剣で防ぐと、自ら身体の踏ん張りを解いてその威力に抗う事なく真横に吹っ飛んでいき、結果として距離を開ける事に成功していた。
「……ゲフッ……あー…….痛え……。でもこの身体は俺の思った通りの動きが難なく出来るな。英雄種スゲー。ハハ。あー、痛え……」
その間にキオウはすぐに距離を詰めようとしたのだが、先ほど自らが壊した柱の残骸が邪魔で上手く進めないでいた。
「……ハハハ。自業自得だ化け物。ってか、いいのか? そんなに柱をぶっこわしちまって? 城が傾くんじゃねーのか。ハハ……ゲフッ、ゲフッ、カハッゲフッ……」
「無理に笑って強がるな人間。そもそもコレ(柱)はそんな物でもないしな」
キオウはそう答えたが、それが何なのかまでの答は面倒だったの明確には語らなかった。──ので、余談として語らせていただくと、この地下室内にある全ての柱は柱ではなく、実際には長さが確認できていないだけで天井にも届いておらず、材質もまた柱の成分とは異なる物で、実はこれは先程からキオウが振り回している黄色い棍棒の成れの果てであった。──そして更に余談だが、実はこの黄色い棍棒は、キオウの後頭部から背中を護るように伸びている角が成長し過ぎた物であり、歩き辛くなる度に切断されていくものであり、いうならば人間の爪や髪のようか物であった。ちなみに柱のように立てている理由についてだが、それは特別に意味はなかった。
なににせよ、これは柱ではなく、キオウの角であった。
◇◇◇
英雄種の自己治癒能力は特別に高い訳ではなかった。もしかしたらそれに特化した英雄種がいるかもしれないが、少なくともスローザはそうではなかった。
故に今の時点でスローザは満身創痍であった。キオウの攻撃を3度も防御してしまったから。
あークソ、戦い方をしくじった。最初の時点で避けるべきだった。しくじった……。
スローザは今さらながら最初の一撃に対する対処を後悔をしていた。自身の英雄種の凄さを確かめる為の行為がただの愚行だった事に。
──強い奴と戦うってのはそういう事じゃねえんだよな……。弱い不良共や兵士共を皆殺しにした時とは全く違うんだな……英雄種が最強だと思っていたのに、勘違いかよ……なんだよこの化け物は? 強すぎじゃねーか……。
スローザは後悔をしながら、そして考えていた。
それは、
──だったら、逃げるにはどうしたら良いか? という事であった。
無論、今は戦争中だ。しかもスローザはその戦争の要となる存在だ。そんな考えが許される筈は到底ない。自国の兵だけでももう200人近くが命を失っているのだから。撤退など許される筈がない。彼に許されているのは勝利か敗北という名の死しかないのだから。賽はもう投げ終わっているのだから。
だが、スローザにはその責任感というものが端的になかった。
何故なら彼は最近まで只の普通の人間(しかも素行は悪い方)だったからだ。国に対する忠誠心も、忠誠心を上げる為の教育(洗脳)もされてきた訳ではなかったのだから必然的に無責任だった。
つまりは、
国? うんうん、どうでもいい、どうでもいい(笑)。取り敢えず俺が、俺だけでも生き残る事の方が遥かに大事。
と、いう訳であった。
──この英雄種の力があれば国に頼らずとも余裕で生きていけそうだし(笑)、とも考えていた。
と、いうわけでスローザは逃げ道を探した。
すると、少し離れた所に階段を発見した。壁に踏み面が刺さっているだけのような簡易的な階段を。
ただ、どうする? それを当然にあの化け物は許してくれないよな。俺、この国の人間たちを何人も殺してるし……。
と、その時、
何かが上空から落下してきた。
ポフッ、と小さな音を刻むそれの正体はマイちゃんであり、すぐに身体を起こすと、
「ぐおーん。ぐおーん。ごべんだざい、ごべんだざい。オラ、オラ、上から穴を覗いていたら、落ちちゃって……それで、それで、ロクちゃんが助けてくれようとして──」
と涙をボロボロと溢れさせていると、そのマイちゃんから少し離れた位置に何かが物凄い速度で落下してきた。
ドドォォオオーー!!
地面が揺れ再び灰色の煙が巻き起こり、やがてそれが晴れていくと、そこにはロクトの姿があった。
片膝を突くような格好で、左手を下にしながら。
その姿勢からロクトは暫く動かないようだった。マイちゃんが更に泣き声の音量を上げて「ロクちゃん、ロクちゃん!? 死んじゃった? 大丈夫? ロクちゃん、ロクちゃん? ぐおーん、ぐおーん」と近寄っていくと、ロクトがようやく立ち上がった。




