第88話 ポトスの国の護り神
推定体長4メートル、横幅2メートルの全身が赤い色(体毛)をした巨大な人型の化け物。緑色のもじゃもじゃ髪からは2本の黄色い角が空に伸びるよう生えていて、それよりもはまだ太い一本が背中に向かって伸びていた。
キオウ。
神獣を頂点とする系図の、魔獣の上の玄獣の更にその上に位置する今は希少な存在。
「来たか。待っていたぞ」
野太く低く唸るような声。けれど深夜だからかその声量は遠慮をしているようで、それ故に悪者ではない事が伺えた。
「──お前、何だ?」
ロクトは唐突にそう言われた。
「──お前がこの城に来た時から気付いていたが、お前、人間か?」
……人間か?
──その問いに対してロクトには思い当たる節があった。
それは自身の脳か心の中にいるアレの存在であった。あの日──マイちゃんと初めて会った時に名前を聞かれて、その回答を何故か拒んできたあのハリネズミのような姿をした存在(第68話参照)の。
あれ以来、目を閉じて願っても姿を現さなくなったハリネズミだったのだが、恐らくアレはやはり特別な何かであり、それがこの巨大な何か(キオウ)の質問の意図であるとロクトは悟っていた。
そもそもボクは、変な所 (ファファルの空間魔法の中)に幽閉されていたわけだし……。
──……もしかして人ではないのか、ボクは……。
その答えは記憶を持たないロクトには分からなかった。
「──答えは出ぬか? それとも黙秘か? まあ、いい。それは然程重要な事ではないからな。質問を変えてやる。お前、コレが攻撃したら、お前は簡単に死ぬか?」
キオウのその発言は依然として静かなものであったのだが、そこには少々の殺気が混じっていた。
「……分からない……」
ロクトはそう答えた。
その刹那、キオウが座ったまま片足を上げて、ロクトの目の前に勢いよく振りおろした。
ズドーンッッ!! と、凄まじい爆音と共に大地が激しく揺れ、ロクトは血の気が引いたようにその場にへたり込んだ。
「この程度で腰を抜かすお前が、コレの攻撃を喰らっても分からないと言うのか?」
「……怖いよ……」
ロクトは正直にそう答えた。
「──……けれど……それでもボクはたぶん死なないと思う……思います。物凄く怖かったし、今もまだ足が震えたままだけど……ボクはたぶんこんな事くらいでは死なないんだと思う……」
こんな事くらいでは。何故なら、自分が普通に死んだりできる存在ならば、あんな変な所に幽閉されていないだろうから。
次の瞬間、キオウが笑った。
「バーーハーッハッ! こんな事くらいか。コレの攻撃が? バーハーッハッ! なるほど。やはり最初に感じた通りに特別な何かって事か。バーハーッハッ!」
「笑ったね」
途端に何者かがそう口を挟んだ。
「──ようやく笑ったね。笑ったって事は友達になったって事でいいんだよね。えへへ」
マイちゃん。実はこの場にはロクトが背負っている黄色いバッグの中に入っているマイちゃんの存在があったのだった。それは紐解くと簡単な理由であり、端的にロクトはここまでの道のりを一人で来る勇気がなかったからであった。そしてマイちゃんはミヨクと行動を共にしていた時からそうなのだが、案外と空気を読んで黙っていられるという事が出来る利口な一面も持ち合わせているのだった。
「──それにしても大きいね。人間? 魔獣? 会話が出来るから玄獣? お名前は? オラはマイちゃんだよ!」
場の空気が和んだのを確認すると普段通りによく喋るぬいぐるみ。
そんなよく喋る可愛いぬいぐるみにキオウはまた笑った。
「コレはキオウだ。アイスの……この国の味方だ。試すような事をして悪かったが、一つだけ聞かせてくれ。お前はアイス……このポトスの国の敵か?」
その言葉は先程よりもまだ強い殺気を含んで発せられていた。故にロクトは、これがボクをここに呼んだ本当の理由だ、と暗黙に悟った。
だからロクトは即答をした。
「いいえ。違います」
と。
「──国王には恩しかないです。それにボクは、誰とも争いたくないです」
「そうか。ならいい」
キオウはそう返答をするとまた笑った。
「──ただ、この国は前王が亡くなって、新王になったばかりだから隣国に狙われている。この国にいる限り否応なしに争いには巻き込まれるぞ」
「……戦争ですか……」
「そうだな。永遠に終わる事のないこの世界の基準だ」
基準。戦争が。
「──なあに戦争が始まったら一目散に逃げろ。戦争はコレが引き受ける。それがコレの仕事だからな。ただ、知っておけ。この世界には争いは常にどこにでもある、とな」
平和とは程遠い世界。まだ数日の記憶しか持たないロクトは、すぐにこの言葉の意味を思い知らされる事となるのだった。
戦争。
──その火蓋は実に翌々日に開始された。




