第86話 人気者はあまり困らない
「……この国の王だ」
アイスは自分の自己紹介をそうした。あれから、無垢な悲鳴を上げてから実に10分後の事だった。
「王様なんだ。凄いんだね。でも王様ってきゃーって言うんだね。オラ、王様ってきゃーって言わないと思っていたからびっくりだったよ。でも、なんできゃーって言ったの? ロクちゃんの何がきゃーだったの?」
マイちゃんは無垢ではなく基本的に無知であった。
「……いや、うん……あ、いや、ぼ、ボクも、実はそうかなって思っていたんだ……」
そう申し訳なさそうに口を挟んだのはロクトで、彼の下半身には今はアイスのカーディガンが巻かれていた。
「──これを巻いてって君に……王様にすごい剣幕で言われた時に、ボク、記憶がないからってその辺の事を考える余裕がなくて無視をしていたんだけど……というか……いや、うん、無視しちゃいけない事なんだけど……裸ってダメな事だよね」
「そういえば、オラも服を着ているよ。ミョクちゃんにエチケット(?)だからって言われて服を着るようにしているよ。ひらひらしているからオラは服を着るの好きだよ」
マイちゃんは服を着ている。花柄の白いワンピースを着ている。ぬいぐるみにエチケットが必要かどうかは分からないが服を着ている。ちなみにアイスは寝巻き用のスウェットを着ていた。
アイスは正直、まだドキドキしていた。なにせ父親以外の男性の下半身を間近で見たのは初めてだったのだから。しかも、年齢がだいぶ近そうな──
「い、幾つだ? 貴様、年齢は幾つだ?」
「じゅ、15歳だと思う……たぶんだけど」
「じゅ、15歳だと……!?」
ほとんど同じ年齢。そうならば、ソレは余計に見てはいけないものであり、見たくないものであり、そう考えるとアイスは段々と腹が立ってきた──ような気がするのだが、なにかこのモヤモヤとした曇り空のような気持ちはそんな単純な一言で表せるものではなさそうで、故にひたすら困惑をした。
男と女。
……アイスはこれまでの人生を前王(父親)によって帝王学を中心に学ばされて生きてきた。故にそういった青春的な感情を全く知らなかった。
なんだこの感覚……妙に胸が騒つくな……腹が立っているのか私は? その割には未だに動揺が収まらないぞ……。
そしてこの騒つき(動揺)は、先程からロクトの顔をチラチラと隠れ見ると余計に激しくなっているような気がした。なにせアイスはロクトの顔を、それにしても可愛い顔をしている男だな、と思っていたのだから。ぱっちりと二重で柔和な表情をしていてとても可愛い顔をしているな、と思っていたのだから。見れば見るほどに思わず表情がニヤけてしまいそうになるくらい可愛い顔をしているな、と。
つまりは──
端的にロクトの顔が好みであった。
──弟が欲しかったんだ、私は。こういう可愛い顔をした弟が。
アイスはもはや感情が混乱しすぎて自分でも何を考えているのかよく分からなくなっていた。
故に、やがて、欲しいなコレ。と帝王学の観点からそう思い始めていた。
なので、アイスは遂にこう言うのだった。
「た……旅人か? わた……我の領土に勝手に侵入をしてどうなるか分かっているのか?」
と、帝王学の観点的に、王として謙ることなく強い口調で。
「──……た、ただ……アレだ……。も、もしも航海に失敗して不本意な形でやってきただけなのならば、わた……我も王として困った者には手を差し出そうと思うぞ。き、貴様たちは困っている難破者か?」
と、帝王学的に、あくまでも謙ることなく。
それに対してマイちゃんは、
「うん。はい。助けて……助けてください」
と素直に返答した。
故に、アイスはマイちゃんその真っ直ぐな感情に即座に心をキュンっとまたやられた。
えっ、ちょ、ちょっと待って! さっきは急でアレで怖かったけど、よく見るとコレも、か、かわっ! かわいい! 2人揃ってかわいいじゃない!! やばっ、やばい、絶対に持ち帰りたいんだけど。
アイスはもう頭が完全に壊れ始めていた。
──なので、
「……な、ならば我が城に案内しよう。本当は素性の分からない者を連れて行くのは駄目なんだが、わた……我は王だし、問題ないだろう。こ、困っている人間には手を差し伸べなくてはな。ふふふ」
と、頭が壊れている彼女は壊れているからこそそう述べるのだが、間違いなく一国の王が素性の分からない者を城に連れて行くのは言語道断であった。
──が、そこはマイちゃん。基本的には可愛いらしい見た目をした喋るぬいぐるみ。
「オラ、マイちゃんだよ。えへへ」
と、元気よく挨拶と屈託のない笑みを浮かべると、その日の内に城の者たちと、翌日には街の者たちとすぐに仲良くなり、いや寧ろすぐに人気者となるのであった。
何故なら、可愛いは基本的に善いもの。だから。
──こうしてマイちゃんとロクトは取り敢えずカネアの大陸のポトスの国に住む事が許された。




