第80話 治安維持連隊総隊長
【スーフィー・レイエン《極楽炎火》】
──炎が巨大蛇を模したような姿で敵に襲いかかり、鼻や耳や口や目といった穴から体内へと侵入し、身体の内側から爆熱の炎を立ち昇らせ、それはたちまち周囲に燃え広がり壁のように逃げ道を塞ぎ、そして更にその炎は再び巨大蛇をしかも幾体も作り出して敵の体内へと侵入をするの何度も繰り返し、敵の肉体が滅びるまで永遠に燃やし続ける魔法。その炎の温度も火の魔法の中でトップクラスであり、範囲もまたこの島の8割程と広範囲であった。
更にフルーナはそこに風の最上級魔法も重ねようとしていた。
【ルウ・キ・ザンゼツ《終焉の風》】
──それは巨大で鋭利な風の刃が無限に敵を襲う魔法。本来ならばその一撃でさえ必殺の威力を誇っておりニ撃目を必要としないのだが、極めし者は更にそれを無限にする事で可能で、それは万が一の可能性も潰した絶望の魔法である事を意味した。ちなみにこの魔法は使われた瞬間に町が3時間で壊滅するといわれていた。
火と風の最高級魔法。本来ならば参大魔道士といえどもこの2つの魔法を同時に放つ事はほぼ不可能なのだが、フルーナほどの魔法の天才に限ってはそれをを可能にする実力を持っていた。
そして2つ目の魔法の詠唱も終わる。
◇◇◇
時は少し遡る。
フルーナから風の魔法【スケ・マー・ホタイ】を受け取った(一方的に)直属の部下である気弱な隊長が本部所内を慌ただしく動き回り、それが大勢での騒動となった時に、ある男もその異常事態に気がついた。
治安維持連隊の総隊長、エルタルロス(第57話参照)。
50年程前にこのロイキの大陸の大きな戦争を終結させた立役者であり、本人は気付いていなかった(大陸から外に出た事がないため)が、当時の世界最強の男であった。
現在は88歳の高齢で、少し長めのウェーブヘアーで色はもう元気を失ったような白色をしており、皺の数と無精髭もまた彼の年齢を包み隠さずに表しているようであったが、その肉体は随分と背筋がピンと伸びており、細身でさあるのだが、そこには今でも欠かす事のない鍛錬の成果がきっちりと刻まれており、右脚の膝から下が失われていたが、それでも真っ直ぐに違和感なく立つほどに強靭な肉体を誇っていた。
そんな彼が10階の総隊長室から外の騒ぎを見下ろしながら、ボソリと呟いた。
「……見なきゃ良かった……。これ、絶対に騒動が起きる前触れのやつだ……」
途端の後悔。けれど88年もの人生を歩んできた彼は当然に知っているのだ。それこそ前触れだという事を。見る、気付くという行為が既に巻き込まれるという事の前触れだというのを。
故にエルタルロスはTシャツの上に治安維持連隊の上着を羽織……りはせず、自分の好きなアロハシャツを羽織って、剣を手元に置いて何が起きても良いように準備をした。
◇◇◇
「【スーフィー・レイエン《極楽炎火》】」
その魔法を放った瞬間、フルーナの目の前に巨大な火柱が立ち昇り、すぐ様にそれが意思をもった蛇のようにツナギ服のこん畜生に襲い掛かる。
ツナギ服のこん畜生は取り敢えずそれを右拳で殴ってみたのだが、およそ物体に触れたという感覚はなく、故に炎の蛇の猛進は止まる事なくツナギ服の全身の溶かしながらその穴からも鼻と耳と目からもあらゆらる穴から体内へと侵入していった。
あとは身体の中から体内を燃やし、その炎が外へと飛び出し、広範囲へと燃え広がり、そしてまた体内への侵入を幾度となく繰り返し、その燃え広がった炎でこの島の3分の2が滅ぶ予定であった。
そしてフルーナはその際にも追い打ちの風の最高級魔法を放つタイミングを見計らっていた。
──が、
その前に、何かがツナギ服のこん畜生の目の前に勢い良く落下してきた。
スパッ。
その何かのアロハシャツが目に入ってきた瞬間にフルーナは思わず風の魔法を放つ前に消失させた。
「フルーナ、おんし、何を考えておるんだ? この島を、治安維持連隊の本部所のあるこの島を滅ぼすつもりか?」
「あん? エルタルロス、もう遅えーよ。もうスーフィーレイエンは発動してるんだから、すぐにここら一帯は……」
と、言いかけてフルーナは思わず口を閉ざした。
と、同時にツナギ服のこん畜生の首から上が傾いた。いや、ポロリと肩に落ちたからだ。
まさかの突然の切断。
「着地のついでに斬った。確かおんし(フルーナ)のこの魔法は単独攻撃魔法よな。相手が死ねばそれで終了の筈よな」
治安維持連隊の総隊長のエルタルロスはそう言った。
◇◇◇
神速。
エルタルロスの剣技は誰の目にも見えない程に速い。故に首を切断されたツナギ服のこん畜生ですら、胴体と離れていくまで気付いていなかった。
しかし、それが無駄な奇跡を生む結果へと繋がってしまった。
気付かなかったのだ。ツナギ服のこん畜生は痛みを感じる暇さえない速度の一撃により、自分が死んだ事を認識できなかったのだ。
故に、
──手が、動いた。
──そう、手が、地面に落下する前に顔面をガシッと掴んだのだ。
自分自身の顔面を。
そして、それを、そのままくっけたのだ。首の切断面にグシッと。
この時、もしもその顔の向きが後ろや横だったのなら、もしかしたらツナギ服のこん畜生はその時点で絶命していたかもしれなかった。
──が、彼の顔面は割と定位置に収まり、驚く事にみるみると流血が止まっていき、更に切断面が見えなくなっていくと、恐らく細胞と細胞が繋がった瞬間に、「ブハッ」と彼の口から呼吸が飛び出し、瞳も光と力を取り戻していった。
「……なっ?! あ、あるのかそんな事?」
エルタルロスが思わずそう声を発し、突如として激しい痛みがやってきたツナギ服のこん畜生は片膝を突き、フルーナは「エルタルロス! こいつに限ってはあり得ない事じゃねえんだ。それより、もう一回だ。さっさと斬れ!! ソイツをさっさと殺せ!!」と叫び声を張り上げた。
が、じーん。またもやツナギ服のこん畜生側に奇跡がやって来たのだ。このタイミングでエルタルロスの片脚に本部所の10階(高さ30メートル以上)から勢いよく飛んだ事によるその痺れるダメージが今更。
「……おっ、おっ、おっ……」
そんな間抜けな声を発しながらコテンと転ぶエルタルロス御歳88歳。
「て、テンメー! 片脚で無理しすぎだバカ!」
それを許す筈のないフルーナは叱咤をし、それから即座に詠唱を唱えた。
──が、その前に怪我の具合が少し回復したツナギ服のこん畜生が間髪を入れずに逃げ出した。
「──って、誰かソイツを捕まえ……って、何で誰もいねーんだよ!」
この場の周りには誰も居ない。それはフルーナのせいであった。
「カカカ……。オマエら、覚えておけよ。オレが力を取り戻したら先ずはオマエら2人を殺すからな。カカカ……」
「あん? コラ、逃げんなコラ!」
だが、残念ながら満身創痍(全身の骨が砕けている)な今のフルーナがツナギ服のこん畜生に追いつける事はなかった。




