第79話 本部のある島
フルーナは参大魔道士に成っているくらいだから魔法の天才ではあるのだが、残念ながらあらゆる事に対しての天才ではなかった(失礼)。故に彼女はそもそも深く考えていなかった。なんとなく高度10キロくらいまで飛び、なんとなくの方向を定め、そして急降下していったのだ。だから彼女が目的地に辿り着けない可能性は存分にあったし、3分の1という確率もまた奇跡に近い成功確率であった。
──が、フルーナは基本的に普段の行いが良かった。短気で口調も悪いが、真っ直ぐな性格で部下たちの面倒見も良く、本当に口は悪いが誰もが嫌がる事を率先してやったりするタイプでもあり、本当に口は悪いが、部下からも町民からも慕われる良い人間であった。
故に、奇跡は簡単にやってくる。
そう、フルーナの無鉄砲な落下は、奇跡的に目的地に到達をし、更に奇跡的に風の魔法でクッションを作る魔法使いたちが集う、しかもその力が密集する物凄く丁度良いところに落ちたのだった。
ただ、そうは言っても高度10キロ以上からの自由落下、その速度は凄まじく、フルーナとツナギ服のこん畜生は共に不屈の精神で気を失う事は無かったが、この口が悪く煩い2人が無心になる程には風圧は凄まじく、その衝撃も風のクッションに守られたとはいえ、山の上から落下した卵のようだ、と2人は心の声を揃えたようだった。
衝撃音と、一度に幾つも骨が砕けた音が不気味に辺りに広がり、フルーナとツナギ服のこん畜生は地面に寝そべったままぴくりとも動かなかった。
それを、抗えない天災を見つめるかのように呆然とする周囲の魔法使いたち。その1分後……ようやくフルーナがツナギ服のこん畜生よりも先に目を覚ました。
「カッ……ハッ……ま、マジか……。超高い所からの落下って、こんなに痛えのかよ……。いや、落下の最中にもうヤベーって気づいていたけどよ……。ってか、なんだよこの魔法……誰だよ、こんな意味のねー魔法を作った馬鹿は……何で落下しかしねーんだよ……ったくよ……あーマジいてえ……ってか、テメーら、ちゃんと受け止めろって言っただろうが!」
割と長話と元気な声。けれど怪我の具合は甚大のようで身体は横たわったまま可動していなかった。
「──……まあ、いい。それよりもテメーら、魔力を回復に特化させて私の怪我をできる限り治せ!」
なんとも傍若無人な発言。それに対して周囲の魔法使いたちは騒めいたが、誰もがフルーナの性格を知っているので反論するのは諦め、それ以前に迅速に対応するフルーナ直属の部下である気弱な隊長が行動を起こしたので、他の皆もそれに習った。
回復魔法──実はこの世界の魔法にはそういった類いの魔法はなく、アロマ香のように気分をリラックスさせたり、絆創膏のような物を作って止血したり、上級者になると湿布のような鎮痛剤などを作ったりする事は可能なのだが、骨が折れるといった大怪我や大病を完治させる事は不可能であった。ただ外側から水や風の魔法を使ってギプスやら擬似骨(折れた骨の代わりに水の魔法で固形物を作る)を作ったりする事は出来た。
故に、フルーナはようやく立ち上がった。全身の骨の大半が砕けているので可動率の悪い擬似骨によって動く為にゾンビのような不自然な立ち上がり方で。
「──……立ち上がれればそれでいい。痛みじゃ私は死なねー。それよりもテメーら、今すぐこの場から立ち去れ! これから私は本気の魔法でアイツを殺すからよ!!」
またもや傍若無人な発言だが、フルーナの本気の魔法はそれこそ天災クラスの災難が予想されるので、そもそもその本気を出させる訳にはいかないのだが、「──私は本気だ。それくらいじゃなきゃアイツは殺せねーし、殺さなきゃならねー。そんくらい危険な奴だアイツは」と続けて言われ、その決意にこの場にいる魔法使いたちは事の重大さに気づいた。
あれは、参大魔道士のフルーナが全力で倒さなければならない程の危険度がMAXの敵なのだ、と。
そう理解すると魔法使いたちの行動も早かった。瞬時にして蜘蛛の子散らしたようにこの場から離れていった。
「10……ご、5分だけ待って下さい。本部所にもまだ何人も残っているので、す、すぐに逃げるように──」
ただ1人残っていたフルーナの直属の部下である気弱な隊長はそう言ったが、その途中でフルーナに「そんな暇はねーかもな」と遮られた。
立ち上がってきたのだ。ツナギ服のこん畜生がゆっくりとした動作で立ち上がってきたのだ。
「カカカ……。さすがに治るには時間がかかるか……。なにせ頭蓋骨と首の骨までイッちまってたからな……だが──」
そう言ってツナギ服のこん畜生はコキッと首を鳴らした。
「──もう行けそうだ。カカカ。残念だったな、起死回生の身を挺した一撃だったのにな。カカカ。バーカ」
「あん? テメーは頭を打って記憶喪失か? 言ったろ、テメーはこんな程度じゃ殺さねーってよ。やっぱりバカなのか? バーカ。ははん」
「カッカッカ」
「あん? ははん」
そのフルーナの狂気に血走った目を見て、気弱な隊長はもう無理だと悟り、本部所への避難勧告も諦め、足早に去って行った。
「──安心しろ。どうせ本部所には私と同格──いや、役職はそうでも実力は私よりもだいぶ劣るだろうが、それでも大隊長が何人か居るんだ。私がここら一体を火の海に変えてもどうにかなるだろからよ」
フルーナは割とどうでも良い事も含めながらそう言って、また笑った。
そして、詠唱開始。
ちなみに詠唱とは、主に火、水、風、雷、といった基礎魔法を使う時に必要なものであり、その魔法を使う際にどれだけの魔力を捧げる(消費の意)かを魔法語で定めたものであった。端的いうと、私はこの魔法を使う際に10%の魔力を捧げて使用します。といった感じであり、それを詠唱(つまりは専門用語)にすると、ルクプルル・ポルポルサルポ・ハップとなるのだった。無論その消費量は各々の力量で異なり、参大魔道士のように魔力の総量が遥かに高ければ、限りなく0消費で使う事が可能であり、その際には詠唱も免除された(但し、敢えて詠唱を使って初対面の敵に対して自分の実力を隠す為に使用する場合はある)。
そんな上級魔法までもを詠唱なしで使用が出来る参大魔道士フルーナが詠唱をしなければ使えない最高級魔法。
途端、大気が揺れた。
──まるでこれから大災害がやってくるかのように大気が怯えるように震えた。
だが、ツナギ服のこん畜生は笑っていた。この尋常ではない空気に身体中の細胞が騒めきを覚えながらも、いや、もしかさしたらだからこそなのかも知れないが、さも楽しそうに笑っていた。死ぬか? これで今のオレは? それとも治癒が勝るか? ただ、治癒が勝った時にはあの馬鹿女の悔しがる顔が最高に気持ちいいだろうな。カカカ。と。
そして、フルーナの詠唱が終わる。




