第77話 治癒能力
ツナギ服のこん畜生 (ラグン)は思っていた。そういえば、感じるな……。と。それは、目覚めた時から抱いていた違和感であり、その正体がようやく紐解けた瞬間でもあった。暑いのだ。フルーナの魔法によってこの密封空間での温度が急上昇をしているので当たり前なのだが、彼はそれを感じたのが実に久しぶりだったから驚いていたのだった。
「カカカ。懐かしいな。そういえば海を泳いでいる時にも冷たさを感じていたな今のオレの肉体は……」
それは、これまでの800年間をファファルの作った封印の地で眠っていたから、を示している訳ではなく(本人の中に眠り続けているという自覚がないから)、神獣に心を支配されていた時には肉体が何もかもを無視できていたからであった。
「──神獣に支配……いや、神獣を宿す前の肉体か、今のオレは……カカカ。さて、オレはどれくらい強かったかな。カカカ」
ツナギ服のこん畜生は、独り言を楽しむかのようにそう言うと、「──さて」と目をカッと見開いてフルーナに向かって駆け出した。
温度の急上昇の原因である炎の火柱を立ち上らせるフルーナに向かって躊躇う事なく果敢に猛進に。
「ははん。そうだよな、てめーみたいな調子に乗ってるバカはそうくるよな! 望み通りに瞬殺してやるよコラ!」
短気なフルーナもツナギ服のこん畜生目掛けて猛ダッシュする。
先ず燃えて灰となり黒煙と共に空に昇っていったのはツナギ服のこん畜生のツナギ服で、次に皮膚が溶ける匂いが充満したが、ツナギ服のこん畜生は「カカカ」と笑うと、そのままフルーナの顔面を殴った。
「あん? テンメー、女の、私の美しい顔面を殴るってか、いい度胸じゃねーか! あん、コラ!」
と、すかさず憤るフルーナに思った程のダメージはないようで、それに対してツナギ服のこん畜生は、火柱と馬鹿女(フルーナの事)の間には緩衝材の役割を果たす魔法が作られているな、と理解していた。
まあ、だったら牽制ではなく、本気でぶん殴ればいいだけ。カカカ。
──だが、その前に2000度の炎を纏うフルーナがその両手でツナギ服のこん畜生の顔面を掴み、そして固定したそこに「オラッッ!!」と頭突きを見舞ってきた。
痛烈な音と皮膚が破ける音が同時に響き渡り、生肉を焦がしたような嫌な匂いが溢れた。
「──オラッッ!!」
それをもう一発。いや、「──死ね、オラッッ!!」と、更にもう一発。そして、「──いや、死ぬのはテメーの責任だぞ! テメーが勝手に私の炎に突っ込んできたんだからな! だからこれは自殺だテメーの!! なあ、コラッ!!」と何か自己正当化っぽい事も叫びながら4発目も繰り出していた。
ツナギ服のこん畜生は、フルーナの2発目の頭突きで額の皮膚が溶け落ち、3発目の頭突きで頭蓋骨が割れ、4発目の時にそれが粉々に砕けて、白目をひん剥いてその場にすとんと尻から落下していった。
──が、その白目は尻と地面がぶつかった直後にすぐに正気を取り戻し、その刹那、頭蓋骨が再生を開始し、「嘘だろ……」とフルーナが狼狽えているほんの僅かな間に溶け落ちた筈の皮膚まで再生していった。
驚異的な自己治癒能力。それはラグン・ラグロクトがその身に神獣を宿していた時に備わっていた能力であり、オリジナルの肉体の持ち主ではないツナギ服のこん畜生も、この能力の有無については実は今まさに知ったところであった。
「カカカ。そうか、これはあるのか。そうか、そうか、カカカ」
「なんだテメー? なんだその力? 魔法使いにも回復魔法ってのはあるが、テメーのそれは常軌を──」
それはフルーナにとっては珍しい愚行であった。驚きに脳が支配されていたとはいえ戦いの最中での無駄なお喋り。しかも近接としたこの距離での。それはすなわち敵に攻撃を許したのと同意であり、故に、フルーナは頬に凄まじい衝撃が走った瞬間に首がくの字に折れ曲がり、そのまま回転しながら弾け飛んでいった。
「カっカッカッ。飛ぶか! 軟弱馬鹿女!」
ツナギ服のこん畜生はすぐに追い討ちをかける為に駆け出す。その速度は先ほどよりも倍くらいに速く、それを彼は、さっきよりも身体が軽いな、治癒能力により機能が向上したのか? と考えたが、今はその是非はどうでもよく、何にせよ馬鹿女に止めをさせる事を大いに喜び火柱の中へ躊躇する事なく侵入していった。
──が、
その火柱の中にフルーナは居なかった。それを彼は瞬時に、やばいな、と思ったのだが、その時には既に遅く、待ち構えていたように炎が瞬時に爆発的に威力を上昇させると、耐熱温度が2000度のフルーナによる魔法の囲いを突き破り、炎はその刹那に消えたのだが、そこには一瞬で全身を真っ黒焦げにされたツナギ服のこん畜生が横たわっていた。
「ははん。飛ばされるかバーカ。飛んでやったんだバーカ。っで、ついでの罠だ。バカなお前はやっぱ引っかかるよな、ははん」
ただ、そうは言いながらもフルーナは顔の側面を大きく腫らしており、鼻と口からも血を溢れさせ、何よりも即座に魔法を消したとはいえ、それでも3900度の熱が町に与えた被害は大きく、ただ幸いにも町の人たちは遠くに離れていた為に最悪な結果とはならなかったようだが、それでもフルーナは治安維持連隊として苦い表情をした。
──が、それもまた愚行であった。そんな後悔をする僅かな時間があるのなら、ツナギ服のこん畜生に止めを刺すのが当たり前の行動であった。
「──……あん? 嘘だろ……生きてるのかよ?」
そう、生きている。黒焦げになったツナギ服のこん畜生は、黒焦げのまま立ち上がり、その最中に焦げがポロポロと落ちていき、深呼吸を3度もする頃にはすっかり元通りの姿に戻っていた。
「……カカ……カハッ……カカ…カッカッカッ。やはり馬鹿だなオマエ。余裕は勝ってからするものだろ? 馬鹿が。カッカッカ」
「あん? 安心しろバカ。すぐに殺してやっからよ。ははん」




