第75話 治安維持連隊
ロイキ共和連国──元ロイキの大陸と呼ばれていたここは、世界で初めて全ての国が和平を結んだ大陸であり、その思想も共和連国という名が示すように、この世界では異例とも言える大陸内部における戦争の排除であった。
その象徴として治安維持連隊という組織が設立されたのが45年前。大きな大きな戦争の果てに大陸の人々の希望のもとに誕生したとされている。
──治安維持連隊。
秩序の名の下に暴力という不公平を取締り、平和の名の下になるべく平等な社会を作る為に尽力をする組織。
……なるべく、という文言が足されているのは仕方がない事。それだけこの世界の歴史は戦争によって支配されていたのだから。それにこの世界には魔法使いや気聖使いや英雄種といった個で圧倒的に強い存在がいるので、国が手を取り合ったところで誰もが賛同者になる訳でもなかった。
言うならば治安維持連隊とは、そうなったらいいな。といった願望の組織であった。
それはさておき、
──この日、その治安維持連隊の上層部に在籍をする1人の女が、偶然にもこのナバナの港町にお忍びでやって来ていた。
フルーナ・ポートレール(第48話参照)。見た目は40代の美魔女だが本当の年齢は……それは必要のない知識なので今は割愛を。
フルーナはお忍びというだけあってこの日は隊の制服を着用しておらず、レザージャケットとパンツを華麗に着こなし、ロングウェーブの髪が颯爽と風に靡いていた。
フルーナのお目当てはこの町の海鮮丼であった。ここら近海で漁れる魚が今は旬であったのだった
──が、遠目からでもそのお目当ての海鮮丼店の外装が激しく損傷をし、その店の前で店主が路上で泣き叫んでおり、その見つめる30メートルくらい先では人集りが出来ていた。
「ああ? マジか!?」
事態をなんとなく察知したフルーナは空腹と絶望と面倒くさいを同時に顔で表現した。
◇◇◇
人集りの先頭を陣取っていたこの町専属の治安維持連隊の隊員たちがほとんどで、そこにフルーナが現れると私服姿とはいえその知名度の高さから幾人が気づき、彼女に状況を説明した。
荒くれ者による治安破壊。しかも相手は英雄種並みに強く苦戦中、と。
「あー、マジか! って、これだもんよー! 3ヶ月ぶりの連休で浮かれて遠出してきたのが間違いだったって話かよ! あー、マジでブラック企業すぎだわ! 治安維持連隊の私がこんな状況を見過ごすワケにいかねーじゃん。なんだよこの仕事? なんだよ治安維持って? こんなん私がどうにかするしかねーじゃーねーかよ……ったくよ」
治安維持連隊だけど少々口の悪いフルーナ。けれど性根の優しさは伺えた。
「──あー、くそっ、しゃーねー、私がやるからお前たち……野次馬で集まってる皆さんも後ろに離れて……いや、結構離れてて下さーい!」
そう言うとフルーナは、隊員たちに町の人間たちの誘導を任せて、独り人集りの原因である男の元に嫌々ながらも歩み寄っていった。
◇◇◇
フルーナは魔法具であるグローブを両手に填めると、「よしッ! よしッ!」と何度か繰り返して気合いを入れて、それでようやくバカンスモードから仕事モードへ切り替えて、それから今回の混乱の根源である赤い髪の男を色々な意味を込めてキッと睨みつけた。
──が、この時に思わぬ誤算が発生してしまった。なんと荒くれ者の男はツナギ服を着ていたのだ。そしてそれが似合っていた為(彼女的)にフルーナは思わず高鳴ってしまったのだった。キュン、キュンキュン、と胸が激しく……。
か、格好いいんですケド。
……フルーナ・ポートレール。彼女は昔から(第48話参照)ツナギ服の似合う男性が好みであった。
故に、
えっ、どうして?
フルーナは先ずそう思った。
──この出会いは何? と。神様の意地悪かしら? と。
未だに恋愛経験がゼロ(内緒)の彼女は割とすぐに好みの男性に惚れた(内緒)。
──が、その時フルーナの顔の10センチほど横を何かが勢いよく飛んでいき、彼女の目は一気に冷めた。
石だった。割と大きめの石がフルーナの背後の建物にめり込んでいた。
──投石したのは、
「カカカッ。惜しいな。当たらなかったか。おい、女。この状況で向かって来るって事は強いんだろ? だったら突っ立ってないで早くやろうぜ。カカカッ」
当然、フルーナの胸をキュンキュンと高鳴らせたツナギ服の彼であった。
故にフルーナもすぐに……いや、決してすぐにではなかったが、少し考えてから、やがて諦めたように勘付いた。
ああ、またこんな感じかよ……。どうして私の好みの王子様って性格が悪い(たぶん第48話、参照)奴らばかりかのかしら……。
「はあーーー……」
思わず深いため息が溢れる。
「──ったくよ、男ってのはどうして人(私)の気持ちが分からないんだろうなッ! こん畜生が! アン、コラ!!」
フルーナ・ポートレール参大魔道士、戦闘モード突入。




