第73話 幕間その2 秘密ごと
ミヨクには世界の誰にも秘密にしている事があった。それはこの世界には、自分とファファルとラグン・ラグロクト以外にもう1つの脅威があるという事あった。
それをミヨクは“何か”というのも把握をしていたのだが、その何かが悪さをしてくる事はなかったので、今の今までずっと放っておいたのだった。
知らぬが仏。対処はその何かが何かをしてきたら。
ミヨクらしいといえばそうなのだが、実は彼はそう自分に言い聞かせる事で自身に制限を課していたのだった。
本音は、見ないふりをずっとしていたい。から。
それが何故なのかは分からないが、兎に角ミヨクはその何かの事をそう扱っていた。
◇◇◇
この日、オアの大陸で魔王を倒す為に勇者と共に旅をしていた見習い魔法使い(元遊び人)であるペルシャは25回目の誕生日を迎えていた。
──それを、元勇者であり現在無職であるユウシアが仲間たちを集めて祝うという催しが行われる予定だったのだが、この日を境にペルシャは忽然と姿を消したのだった。
──その3日後、
元勇者たちは今度は送別会目的で再び集まると、その話題は必然とペルシャの事になった。
「……まあ、でも25歳の成人男性だから、ふらっと何処かに行く事はあるよな」
元戦士、現ムスス国の聖騎士であるマードリックが食事処で食事終えてデザートに手を付けながらそう言った。
「でも、約束してたんでしょ? 皆で祝うって、3日前に。ねえ、元勇者? 折角マードリックも来てくれたのに、ねえ、元勇者。マードリックが明日で帰っちゃうのに今日も連絡がつかないし。ねえ、元勇者」
「……ミナポ、絶対わざとよね? 元勇者を連呼しすぎよ。ってか絶対にわざとよね?」
ユナがすかさず食いついた、が、実はそこまで怒ってはいなかった。何故なら2人は昨日一緒に買い物に行くほどの仲良しで、ちなみに今日のユナの服装は全てがミナポに選んでもらったもので、かなり露出度が高いものとなっていたのだから。
「……まあ、ペルシャって昔からそんな感じでふらっとしていたからな……。ってか、ユナきゅ……ユナ、その服ちょっと太腿とか見えすぎじゃない……」
「ミナポが選んだショートパンツだからね。なんかこういう脚が長く見えるのが今の流行りらしいわよ。どう、どう? 可愛い?」
「……い、いや、可愛いのは今に始まった事じゃないけど……ただ俺以外にも見られちゃうかなって……その……嫌だな……なんて……ボソボソボソ……」
案外と独占欲の強い元勇者。けれどこの反応はユナとミナポにとって割と想定内であり、ユナは嬉しそうに「うふふ、うふふ」と気持ち悪くニヤケ、ミナポは一応は遠慮しているのか舌打ちの音は小さくしていた。が、「ウザ」とは思わず声に漏れていた。
「えっ? ミナポなんか言った?」
「い、言ってないわよ。ってか、それよりもふと思ったんだけど、そもそもペルシャって何者なの? そういえばあんまり知らないのよね」
ミナポは慌てて話題をすり替えたのだが、それが思わぬ方向へと進む事となるのだった。
「そういや、俺も詳しく知らないんだよな。俺が仲間になった時には既にミナポも揃っていて、俺が最後だったからな。本人も自分の事をあまり喋るタイプでもなかったし」
聖騎士マードリックもそう言った。
「あれ? 言ってなかったか? ペルシャは、俺とユナきゅ……ユナと同じ町の出身だぞ」
元勇者ユウシアがそう答え、続いてユナも「そうそう、しかも同じ年齢なのよ」と告げた。
「──それでね、彼のお父さんとお母さんが農業を営んでいるんだけど、全く手伝ったりしないダメ息子でね、それでねユウた……ユウシアがね、何もしてないで暇してるなら途中まででもいいから一緒に行くか? って誘って、結局最後まで着いてきてたのよ」
きゅん、たん……。ミナポは、いちいちそれを言わなければいけないのかと苛立ちを覚えながらも、珍しく聞かなかった事にした。何故ならばそれ以上に気になる発言があったからだ。
「きゅんとか、たんとか、超ウザイんだけど(いや、結局言った……)、まあ聞かなかった事にしてあげる。それより、農業って何?」
「えっ、ウザ……? あっ、いや、えっ、の、農業? ど、どういう意味? ミナポは農業という意味が分からないって意味? それとも──」
「農業は分かるわよ。そうじゃなくて、ペルシャって魔法使いの家系じゃないの? って事を聞きたいのよ? そのくらい分かるでしょ?」
「えっ、分からないわよ……ってか何でちょっと怒ってるのよ。どうしてそんな事を聞きたいのよ? ってか、ペルシャは代々農家だった筈よ。どうして? 何が言いたいのミナポ? なんで怒り口調なのよ?」
ここでミナポは2人のきゅんとたんが無自覚な事に気付き、それはそれで苛ついたのだけど、それでは話が進まないので仕方なく強引に頭をクールダウンさせて、「……別に怒ってないわよ……。ただちょっと早口になっただけよ。ってか、いや、ユナは逆になんで気付かないのよ? だってペルシャって途中から魔法使いになったじゃない。遊び人を辞めて魔道士に。だったらそれって凄く不自然じゃない」と言った。
凄く不自然。何故ならば、ミヨクがリドミの大陸に行った時に説明があったのだが、魔法使いが魔道士に成るには、魔法学校での相応の修行と勉強が必要であり、当然に時間もかかるものであり、急に成れるものではないからであった。
「──しかも魔法使いって大抵が血筋よね。突然変異の例外の噂を聞いた事がない訳じゃないけど、それってほとんどが奇跡レベルよね。とてもペルシャにそんな奇跡が起きるとは考えられないわ。だってアイツ、敵とまともに戦った事すらないじゃない」
「そ、そうよね、ミナポの言う通りよね。な、なんで今まで気付かなかったんだろ? そもそも魔道士に成る事自体が難関なのよね。私も今でも忘れられないほど、凄く勉強を頑張ったし、魔力を高める為の修行も想像を絶するものだったわ。でも私の場合はたまたまこの国に魔法学校の校長が来ていて、マンツーマンだったから比較的に学びやすい方だったんだけど、それでも年数は随分と掛かったわ……」
「そうでしょ? 魔道士に成るのは大変なのよ。でも、ペルシャってなんかいつの間にか魔道士に成っていたわよね? 俺、今日から魔道士に成ったから、みたいな感じで。だから私はてっきり、ああコイツは何だかんだで実は魔法使いの中でも天才の家系だと思っていたのよ」
「……いや、ペルシャの家系は間違いなく農家よ。でも私、正直に言ってしまうと、その頃はあまり深く考えていなかったのよ。だってその頃は既にあなた達に対してイライラしていてた時期で……そもそもペルシャに対しては半ば怒りを通り越して呆れていた感じで、ギャグキャラというか、オチキャラとして私の中で確立もしていたから、なんかペルシャのあらゆる事は冗談のように思っていたから、本当に彼の事は見える空気くらいにしか思っていなかったのよ」
見える空気……。そんなユナの悍ましい話を聞きながらユウシアとマードリックは、うわ……と他人事ながらも心が痛くなった。
「……お、俺はペルシャが魔道士に成った事を深く考えた事がなかったけど、じゃ、じゃあ2人はどうして…….どうやってペルシャが魔法使いに成ったんだと思うんだ?」
ユウシアはユナとミナポにそう聞いた。
「それが分からないのよ。ただ、間違いなくペルシャは魔法使いになっていたわ。風の魔道士に。彼の使う風の魔法も見た事があるし」
「そうね。私も見たわ。だから、角度を変えて考えて……もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、ペルシャは途中からペルシャじょなくなったんじゃないかしら?」
ミナポが不意にそう言った。
「えっ、べ、別人って事? あるの? そんな事?」
「……いや、半分適当に言ったわ。ただ、よく考えてユナ。私たちも会った事があるけど、世界には時の魔法使いっていうそもそもの奇跡が存在していたわけじゃない? だから、私たちがあり得ないと思う事は魔法でどうにか出来るんじゃないかなって思って、そのまま声にしちゃったわ」
あり得ない事が魔法でどうにかなる世界。ミナポのその発言に誰もが、「確かに」と頷いた。
「──けど、だからって、あのペルシャにそんな奇跡を起こして魔法使いにしてあげるなんて無意味な事は誰もしないわよね。だってアイツ23歳まで遊び人だったのよ」
23歳まで職業遊び人。ミナポのその発言に誰もがまた「確かに」と頷いた。
「──って事で止めましょう。ペルシャの事で複雑に考えるのは。きっともっと単純な理由で魔法使いになったのよ。なにせペルシャなんだから。どうせ何日かしたら帰ってくるだろうから、その時に改めて本人に聞けばいいわ。どうせ大した理由じゃないんだから。なにせペルシャなんだから」
なにせペルシャなんだから。ミナポのその発言に誰もがまたまた「確かに」と頷いた。
そうしてこの話はここで強制終了となり、マードリックの送別会が終わる頃には誰もがこの話の内容すら忘れていた。




