第70話 間話 ファファルの日常①
まるで作り物のマネキンのように均整の取れた顔をしており、艶やかな黒髪は腰まで長く、肌は透き通るように白く、手足は繊細な線で描かれたように美しく、右には黒色、左には銀色の瞳をもっていた。
ファファル。
故に彼女が深い闇のような仮面をつけると異様と異常がごちゃ混ぜになった。
ファファル。
独自のルールを持ち、それを我儘に貫き通す力をもつ女。
ファファル。
空間魔法で不老を手に入れた世界三大厄災の一人。
──そう、厄災。
それは彼女が世界に興味が無い事に起因する。人間にも大した興味がない事から。たぶん世界を気紛れで滅ぼしてしまうであろう危険性から。
でもその気紛れを実行した事はなかった。
何故か?
それはファファルが人間の女が好きであったからだった。それらと会話をするのが。その一点のみで彼女の気紛れが発動した事はなかった。
女との会話を楽しみたいが為に。
ファファルは自身も女だが……いや、女だからこそなのだからだろうか、世界で一番に美しい生物が好きであった。
故にファファルの起きている2時間は大体が女と会話をする為にあった。
今も、ふらりと空間魔法で瞬間移動をするとどこかの大陸のどこかの国のどこかの町の大衆食堂へとやってきていた。
特にどこと決めた訳ではもちろんなく、大抵はどこか空腹を満たす場に行けば話し好きの女と出会う事が出来た。
今回の話し相手は──
と、深い闇色をした仮面の奥の黒と銀色の瞳で店内をぐるりと見回すと、驚く事に自分と同じ空間魔法をもつ者の存在があり少々目を丸くした。
空間魔法。それはファファルにしか使用できない魔法。ただ限定的に与える事は可能であった。という事は、その者は過去にファファルに会った事がある人物であり、記憶を辿るとファファルも段々と思い出していき、その最中に向こうもファファルの存在に気づいたようで近寄ってきた。
「あっ! この前の……って言ってももう2年くらい経つのかな……。結構前なんですけど、その時は隣町の食事処で出会って、私の愚痴を聞いてもらったんですけど、覚えてますか? 私、ユナと言います」
ここは魔王が支配(統治)するオアの大陸内であり、このユナはユウシア率いる元勇者一行の仲間であるあのユナであった(第12話参照)。
「ふふ。丁度思い出したところよ」
ファファルは相手が女だと普通に微笑む。
「──あなたこそ吾の事をよく覚えていたわね」
深い闇色の仮面に黒と銀色の瞳……。けれどユナはその独特な風貌を指摘はせずに、適当に相槌を打ってごまかした。
「そ、それよりもお一人で来られているなら相席しませんか? 友達もいるけどそれでも良かったらなんですけど」
友達。そう言われてファファルがユナの席に視線を移すと、そこに居たのは1人の女で、女なのであれば拒否する理由がなかった。
「良かった。今日は女子会するつもりだったので1人増えると話が弾んでありがたいです」
女子会。
──ちなみにファファルの年齢は、
「死ぬか?」
……秘密らしかった……。
◇◇◇
時を同じくして、ここはリドミの大陸──の南西に位置する孤島。そこには1人の新法大者が住んでいて、15年の歳月を費やし、彼は遂に新魔法を完成させたところであった。
無敵人形の魔法。
その身長は2メートル、肩幅は1メートルの人の形を模した鉄の塊。動力は無論魔力で、前進だけが可能。意思はなく、その代わりに感知機能が備わっていて、敵の魔法に対して瞬時に耐性を切り替える事が出来た。例えば敵が火の魔法を使ってきたら身体を真っ赤に変色させて火の耐性で受け止め、敵が水の魔法を使ってきたら身体を青に変色させて水の耐性で受け止めるといった具合に基礎魔法ならばあらゆる攻撃から身を守る事が可能であった。そして敵の攻撃が火水風雷ではない新法大者以上の者である場合も、異なる耐性の複数体で防御する事で耐える事が可能であった。
無敵人形の魔法。
それを彼は無限に出現させる事が可能であった。それこそがこの魔法の最大の脅威であった。何故ならば、無限とは無限なのだから。端的にこの無敵人形で大陸を、いや世界を覆い尽くす事が可能であった。鉄の塊故にあらゆる近接攻撃も効かず、魔法の耐性もあるまさに無敵人形による抗う事の出来ない世界の埋め尽くしが。
無敵人形の魔法。
意思を持たずに前進しか出来ないからこそ可能となった超低燃費増殖(彼談)。
無敵人形の魔法。
そして彼は早速この魔法を実行した。
孤島を拠点に無限人形を増幅させて世界侵攻をしようとした。
無敵人形の魔法使い。
名前は──
「はーはっはっはッッ! これで世界は俺様のものだ! はーはっはっは!!」
名前は──
◇◇◇
「もう、死にたくなくなったのね?」
大衆食堂の中でテーブルを挟んで目の前のユナにファファルはそう言った。ミヨクの時にはもっと偉そうな命令口調で威圧感たっぷりに刺々しいのだが、女の前では気持ち悪いくらいに人間っぽく優しい感じで穏やかな口調だった。ただ、内容が内容なだけにユナの隣のオシャレ大魔道士ミナポは口に含んでいた飲み物を「ブッ! えっ!?」と吹き出していた。
「……あっ、やっぱり私、あの時にそんな事を言ってましたよね。なんかその時の記憶が曖昧(ミヨクの魔法により記憶の一部を失っている)だから、言ったかなって感じだったんですけど。愚痴も聞いてもらった記憶はあるんですけど、実はどこまで話したかは忘れてしまっていて……でも、そうですね……実は今はこんな感じなんです」
そういってユナは左手の指をピンと元気に伸ばしてファファルに見せた。その薬指にはゴールドリングが嵌められていた。
「あら、結婚したのね」
ファファルが気持ち悪い口調でそう言った。
「いえ、まだ婚約なんですけど、相手は前にたぶん愚痴ってた相手でして、今は……まあ色々ありまして無職でして、だから婚約なんですけど──」
「じゃあ、その相手の職業が決まったら正式に結婚て事かしら?」
ファファルが気持ち悪い口調でそう聞いた。
「ほんっと、あんな奴のどこがいいのかしら。ユナ、何回も言うけど、人生で初めての告白だったからって思考を停止させすぎよ。男選びは慎重にした方がいいわよ」
そう口を挟んだのはミナポで、その辛口発言に対してユナは「そんな事ないわよ」と口元を緩めながら答え、それに対してミナポがまた辛口の非難をし、その様子が面白かったのでファファルは「うふふ」と気持ち悪く笑っていた。
「じゃあ、だったらもう吾があげた魔法は必要ないみたいね。取った方がいいかしら?」
「えっ? 魔法? なんの話ですか?」
ユナはミヨクによってその記憶を重点的に奪われていたのでファファルが何を言っているのか分からなかった。
故にファファルは考えた。
さっきから彼女 (ユナ)の記憶が変だ、と。
そしてすぐに勘付いた。
吾が魔法を与えたあの出来事は簡単に忘れる事なんてできない筈。だとしたら記憶を奪われていると考えるのが妥当だ。それが可能な奴も吾は知っている。時の魔法使い。アレだ。
そして、
よし、殺すか。
そんな回答に行き着いた。ちなみに仮に今の推測が勘違いだとしても、ミヨクを殺す理由は勘違いでも良いとファファルは考えていた。
なににせよ、そう考えるとファファルは即行動に移る。
魔力でミヨクが何処に居るのかを探ると──
いや、その時、ミヨクの強大な魔力の他に、一つの割と大きな魔力に気がついた。
割と=世界を滅ぼせる……かもしれない魔力に。
故にファファルは、別にこの場ですぐにでも良かったのだが、今の気分的にトイレに行く振りをしてから空間魔法を使って瞬間移動をした。先ずは武器(大鎌)を取りに自宅へと。




