第55話 決着の行方
──遡る事、数秒前。
ミヨクは使わざるを得なかった。
時の魔法を。世界の時間を止める魔法を。
──そうしなければ、遥か上空からの悪魔じみた速度での落下で衝突死をしていたから。
ただ魔王城の屋根部への直撃だけなら問題はなかった。ゼンちゃんとマイちゃんが身を挺してミヨクとハウの身体をクッションのように保護してくれてたから。落下地点にデビキンが居たのが想定外だった。なにせデビキンは大陸を滅ぼせる程の強大な魔力の持ち主で、それに生身でぶつかるのは大変に危険なのだから。故に致し方なく時の魔法を使用した。世界の時間さえ止めてしまえばデビキンも脆弱になり、過去にはマイちゃんが踏み潰しただけでペシャンコに出来たから。
だが、ここで一つの誤算があった。
それは、世界の時間を止めるには1つだけルールがあるという事。
ファファル。
──ミヨクは決して忘れていた訳ではないのだったが、緊急事態により例の砂時計を出す暇がなく、仕方なく運に賭けたのだった。
残念ながら今はファファルの活動時間内であった。
故に切断された。空間魔法で瞬時に背後に現れた直後にスパッと。ファファルの切れ味抜群の大鎌でスパっとミヨクは首を切断された。
ただ時間が止まっていた為、誰にもファファルの姿は確認が出来ず、ファファルもまた用事が済むとすぐに消えたので、この場に居る皆からすると、気付けばミヨクの首と胴体が離れ離れにされていた。
◇◇◇
ミヨクの時間が巻き戻る。
だが、その動作は他者の目には一瞬の出来事であり、気がつけば「あれ?」と目が点になるくらい、切断されていた筈のミヨクの首はいつの間にか繋がっていた。
「……首が切断されたように見えたが、気のせいか……?」
意識が朦朧としながらも勇者がそう言い、魔王は「初めて見たが、それが巻き戻りかミヨク」と割と冷静に言った。
そこにミナポたちがやってくる。その姿を見て少し緊張が解れたのか勇者の意識はそこで途切れた。
「ユ、ユウたーん!!」
慌てて駆け寄るユナ。ミナポがうざそうに舌打ちをして、その後にミヨクが立ち上がった。
15歳のミヨク。それを初めて見たミナポとマードリックは「あれ? そんな顔だっけ? なんか幼く可愛くなっているような……」、「身長も少し縮んでないか?」と口々に言い、ミヨクは「……たぶん15歳。俺、死ぬと時間が巻き戻るんだ」と簡素に説明をした。すぐに納得されない場合は、「──時の魔法使いだから、なんかそんな感じなんだよね」と伝えれば、なんとなく理解してもらえた。
「それはそうと、どうするんだ時の魔法使いミヨクよ」
魔王がそう言った。
「──お前、世界の争い事に関与しないんじゃなかったのか?」
それに対してミヨクは、もちろんこの件に関しての犯人はハウであり、真実を述べる事で魔王の疑問と不信感にしっかりとした回答が示せると考えたのだが、ミヨクもなんだかんだで1000年以上も生きている超高齢者、生後1ヶ月くらいの少女(乳児)だけのせいにするほど器と心は小さくはなく故に困った。
──が、それは現在が25歳であったらの考え方であった。
「俺も巻き込まれた。あそこでさっきからピクリとも動かないピンク色の髪の女の子に」
と、現在15歳の彼ははっきりとそう言った。前述の考え方が消えたわけではないのだが、それよりも端的に怒られたくないと思う気持ちの方が強く現れたからだ。特に誰かのせいで怒られるのはまっぴらごめんだと素直に思ったからだった。
──ミヨクは1000歳以上。時間が巻き戻ろうが記憶もきちんと残っているのだが、15歳と25歳では精神面に変化が訪れるようだった。
心が少し弱い。余裕がなくなる。視界が狭まる。平気で嘘がつけなくなる。他人に巻き込まれたくない。なんかそっとしておいてほしい。
……そんな感じで。
魔王は少し離れた位置で床に突っ伏したまま先程からピクリとも動かない、気絶しているのか、それとも実は死んでいるのか分からないベビーピンク色の髪の少女ハウを見下ろしながらミヨクにこう質問をした。
「……あれは何者だ? あの幼さで弐大魔道士のようだが、そんな事がありえるのか?」
「……俺もまだよく分からないけど、まあ、そのくらい特別な何かなんだろうね。この城まで風の魔法で飛んで(落下)来たし、その魔法って凄く難しいやつだし、その瞬間に弐大魔道士になったし……」
「その瞬間に?」
「うん。それくらい不思議で特別な存在って事。だから今回の事も天変地異的な感じで納得してもらえると有難いんだけど。俺も巻き込まれただけだし……」
「……天変地異か……まあ、この世界には不思議な事が多々あるからな……ただ、どうするかな……この大陸の覇権を賭けた戦いに水を差されて──」
「負けだ。俺の……」
不意に魔王の発言を遮るようにそう言ったのユナの回復魔法で意識を取り戻した勇者だった。
「──決着は変わらない。魔王だって分かっているだろ? 俺が負けて止めをさされそうになった瞬間に天災のような事故が起きて決着がうやむやになった。ただそれだけの事だろう……止めを差す権利は今もお前にあるし、俺も勇者として潔く受けるつもりだ。生死を賭けて全力で戦ったんだ。勝敗を決めるのは大切な事だからな……ごめんなユナきゅん……」
……きゅん……。
「えっ、ヤダ。ヤダよ、ユウたん! だめだよユウたん! そんな事を言っちゃだめだよユウたん!」
そう取り乱しながらユナきゅんがユウたんに覆い被さって「──殺させない! 絶対にユウたんを殺させない!」と最後の足掻きをみせた。
そんな様子を見ながら魔王は言った。
「残念だな、勇者」
と。
そして、
「──俺としても勝敗を決めてやりたいのだが、どうにも魔力が枯渇していてな……」
と、髪をかき上げながら下手くそに作ったぎこちない困り顔を浮かべて、嘘をついた。
「……いや、バレバレだ魔王よ……。俺も今は英雄種の英力がだいぶ解放されて強くなっているんだから、お前の余力がなんとなく分かるんだから……。この世……大陸の未来を賭けて勇者と魔王が戦ったんだ。勝敗は絶対に必要だろう。その義務を放棄するな魔王よ」
「……勝敗か……そうだな、お前が正しい。ただ殺すにしても、どうにも白けてしまってな……。それでもどうしても死にたいか勇者よ?」
「何度も言わせるな。勝敗は大事だ」
「勝敗だけなら別に生死は必要ないだろう?」
「なに?」
「勇者よ、勇者を辞めろ。引退をしたらそれで勝敗は決したと同意だ」
魔王はそう言った。
勇者は──
「それでいい!」
と咄嗟に口を挟んだのはユナで、勇者はすぐに反論をしようとしたのだが、その前にミナポに「分かったわ、魔王!」とまたしても口を挟まれてしまった。
「──それでいい。それでいいわ、魔王。勇者と私たちの負け。もうあなたを倒す為の旅も止めるわ。だから、命だけは助けて……ください」
そう言ってミナポは床に両手の平と膝を置き、頭を下げて懇願をした。ユナもマードリックもそれに続いた。
「み、みんな……」
勇者が声を震わせ、ペルシャは空気を読めないタイプなので取り敢えず静かにしていた。
「勇者一行よ、俺の気が変わらない内に早くこの城から出ていくがいい」
魔王はそう言った。




