第106話 ミヨク、1000年前──⑦
タスケニキタヨ。
……………………嗚呼……マジか…………。
◇◇◇
ミヨクの強さはこの場に居る誰もの想像を遥かに凌駕した。
「【フィーラード“円踊”《大大火柱・アレンジバージョン》】」。
それは火の大魔道士に成った者ならば誰もが知る火の上位魔法であった。が、その後に付け足された円舞。それは誰もが知らない魔法であった。
フィーラード──その効果は巨大な火柱で、その威力は魔獣の上位にあたる玄獣が恐れるほどに強力(第102話参照)であった。
そして付け足された円舞──それは、その巨大火柱を一度に幾つも立ち昇らせ、敵の指揮官の周りを囲んだ。
「……あるのか……そんな魔法……」
指揮官が思わずそう声を漏らしたが、その声は勢いよく燃え盛る炎の音で誰の耳にも聞こえなかった。
敵国の部下たちは幾つもの火柱に隊長の姿が隠れてしまい動揺をしたが、指揮官は弍大魔道士。故にすぐに脱出してくるだろうと予想していた。
が、指揮官は2分が経過しても巨大火柱の囲いの中から出て来なかった。
「【ドマード《水の輪っか》】」
ミヨクがまた魔法を放った。水の魔法。顔くらいの大きさの水で出来たリングがふわふわと飛んで行き、巨大火柱にぶつかり、その部分だけ窓のような穴が出来た。
敵の指揮官はそこに顔を近づけて外の様子を、いや、ミヨクの顔を見つめてきた。
そして、ミヨクは言った。
「声、聞こえる?」
「……ああ」
指揮官はそう返事をした。
「撤退するか、そのまま死ぬか選んでいいよ」
ミヨクはそう言った。
「……撤退するに決まっている」
指揮官はそう答えた。
「そう」
ミヨクはそう返事をすると巨大火柱の魔法を解いた。
嘘だ、バーカ! 撤退なんてするかバーカ! 死ね、死ねバーカ!! ギャハハハハ!!
──と指揮官は本当はそう言って嘲笑いたかった。が、巨大火柱の囲いの中でミヨクの魔法の強大さを知り、自分を含めたこの部隊ではミヨクに勝てないと判断をするしかないようだった。
「……お前、まさか参大魔道士か?」
「違う。でも俺は凄く強いよ。国に帰ったらそう伝えておいて」
「名前は?」
「ミヨク」
「そうか覚えておく。俺の名前は──」
「必要ないよ。雑魚の名前なんて」
雑魚。普段のミヨクはそんな挑発的な発言はしないのだが、それだけミヨクもやはりだいぶ怒っていた。
故にミヨクは敵国の兵たちの姿が見えなくなるまでずっと魔力を昂らせ、ほんの僅かにでもこちらに危害を加えてこようとするならば、その時は容赦なく瞬時に殺してしまおうと殺意を漲らせていた。
◇◇◇
敵が去った後、ミヨクはアトラの前で、背を向けたままいつまでも立っていた。
アトラは地面に尻を置き、下方を向いて、いつまでもそのままだった。
その時間は何分だったろうか。いや、もしかしたら何時間だったろうか……。
やがて、
「……近くに居たのか?」
アトラが口だけを開いた。
「……うん。魔獣討伐でこの近くに……」
ミヨクも振り返らずに口だけで返事をした。
「……そうか。この場にオイラたち以外で生存者はいるか?」
アトラは下方を向いたまま視線を上げなかった。
「……いない」
ミヨクは周りを見回して、何度も見回してから、静かにそう答えた。
「……隊長は?」
「……相変わらず凄い人。地面に……地面に膝は突いたままだけど……突いたままだけど……今にも、今にも立ち上がってきそうな気迫を感じる。首から上はもう……」
「そうか」
「……うん」
それからまたやや暫くの沈黙が流れた。
◇◇◇
「……強くなったなミヨク。それはちゃんと見ていたぞ。お前の魔法を……オイラは火の魔法は使えないけど、あれが相当凄いのは分かったぞ……」
「……うん」
「……凄いな」
「……うん。ありがとう……」
「……助かった……」
「……うん」
「……とはさ……──」
とはさ。
「──とはさ……本当に申し訳ないんだけど、助かったとはオイラにはどうしても言えないんだ……助けてもらって申し訳ないんだんけどさ、ミヨク……」
「……うん……」
「……皆が死んで、隊長も死んで……オイラだけがどうして生き残れる? 皆を殺したのはオイラなのに……」
「………………うん」
「助けに来たよ……助けに来たよ……か。ミヨク、オイラはさ……その言葉を1番お前から聞きくなかったな……だって……だってそうだろ? そう言うって事はさ……言われるって事は……オイラは、オイラ“もう”ミヨクに助けられる側かい?」
「………………………」
「……返事はしろよ。オイラの独り言みたいだろ」
「……うん」
「……オイラはもう、ミヨクより弱いかい?」
「………………………」
「返事しろって」
「………………俺は、俺は……俺は、アトラを……アトラを助けたかっただけだよ……側とかそういう事じゃなくて……そういう強いとか弱いとかじゃなくて……」
「……ミヨク、望んでない事はさ……オイラは嬉しくないんだ」
「……そうだね。うん……そうだね……望んでない事は嬉しくないよね。分かってる……でも……俺は、俺はそれでも、それでもアトラに生きてほしいと思ったんだ」
「オイラのせいで皆が死んだのにか?」
「……俺にとってアトラは何よりも大事で大切な人だから。例え、例え世界が滅んでも俺はアトラを助けたいよ」
「……世界が滅んでもか、随分とでかい話だな。そして随分と自分を過大評価してるんだなミヨク」
「……過大評価じゃないよ。命に換えても俺はアトラを救うって意味だよ。だって、だって俺がこうして今を生きているのはアトラのおかげなんだから。俺はアトラとあの時に出会わなけばきっと死んでいたんだから……。だから、だから俺にとってアトラは……アトラの命は俺の命よりもずっと尊くて大事なんだから。だから、だから、絶対になんとしても俺はアトラが生きる事を望み続けるよ」
「……自分の命より、オイラの命か……」
そう言うとアトラはそこでフーと息を吐き、それからこう続けた。
「──ミヨク、そういうのはウゼーな」
うざい。
「えっ……?」
「え? じゃねーよミヨク。お前がどういう気持ちでそう言っているのか分からないけど、随分と上からの物言いだよな」
「えっ、そ、そんな事……言い方を間違えていたのなら俺……」
「分かれよミヨク。お前の過剰な優しさが今は……オイラを惨めにしていくんだよ……」
惨め。
そう言われてしまうとミヨクは何も返事が出来なくなった。
「……ミヨク、今は去ってくれ。1人になりたい」
「で、でも──」
「でも、はねえ。お前の命より大切なオイラが頼んでいるんだ。そのくらいの言う事は聞いてくれよ」
「…………うん」
ミヨクは渋々とそう返事をすると、やはり振り返る事なくその場から去って行った。
アトラは、もうさっきからずっと地面を大粒の涙で濡らしていた。
その涙が死んでいった仲間たちを、隊長を想うものなのか、それともミヨクに酷い言葉を浴びせ続けた後悔からくるものなのか……いや、恐らくその全てを含めたが故の悔し涙なのだろう。
──とても悲しくて、悲しくて、
そして、
──とても、とても悔しそうだった。
◇◇◇
その後、戦争が本格化した。
その中で等角を現したのはミヨクで、その強さは正に一騎当千であり、けれどもそれでも敵の誰もを殺す事はなく、故にそれが手加減をする程に余裕があると判断され、その底の知れない強さがより一層の恐怖を相手に与える結果と繋がっていた。
戦争は半年で終結をした。勝者はミヨクたちの国であった。
◇◇◇
アトラがこの国から去っていったのは、それから半年が経過した時の事。それまでに蓄えていた全てのお金を王に渡し、それでは恩返しとしては少ないのだろうが、あとは必死に謝罪と説得を繰りしてなんとか許しを得たようだった。
ミヨクがそれを知ったのは数ヶ月後で、自らの立場(この時、国守魔法隊のNo.2)もあった事からその後を追いかける事は無かった。が、この時のミヨクがどんな心境だったのかは不明であった。
◇◇◇
6年後、ミヨクは参大魔道士に成り、国守魔法隊ではなく、それを束ねる司令官の地位を与えられた──がそれは辞退をし、特別枠として隊としてではなく参大魔道士ミヨクとして個人で動く事を許された。
国の最強戦力、参大魔道士ミヨクとして。
その1年後に国の王が死去し、その息子が王位に就任をした。
前王とは違い、好戦的な王であった。恐らく自国に参大魔道士ミヨクの存在があるからなのかも知れないのだが、なにせ新王は争いを好んだ。
だが、ミヨクはそれを望まず、度重なる意見の食い違いの果てに、やがて国を出た。
旅人ミヨクの誕生であった。
「うん。せっかくの人生だ。世界中の色んなものを見て回ろう」
この時ミヨクは34歳。
そして、その12年後に旅の途中で肆大魔道士に成った。