第104話 ミヨク、1000年前──⑤
隣国Aがその隣の国Bに敗戦をして、その傘下に降った。
今までアトラやミヨクの住む国と隣国Aは仲良しとまでは言わないが、どちらも好戦的な国ではなく故に争いをしてこなかったのだが、AがBの傘下に降った事でAはBの思想の下に好戦国へと変わった。
故に、アトラたちの住む国と戦争が起きた。
その最初の舞台は西の国境線。
──そこはアトラとミヨクがこの国に最初に訪れた、あの筋骨隆々の心優しき国境警備隊長(第101話参照)のいる砦であった。
そしてこの日、偶然にもその場にはアトラが遊びに来ていた。
ただ、それは珍しい事ではなく、月に一度の恒例行事だったのだが、なにせその場にはアトラが居た。
◇◇◇
──1時間前。
アトラは砦内で国境警備隊たちの面々と挨拶と談笑を済ませると、隊長室に入り、それまでの表情を一変とさせてボソリとこう話した。
「……最近、オイラちょっとおかしいんだ」
「……なんだよ初っ端から挨拶もなしに!」
筋骨隆々の隊長はタンクトップ姿でダンベルを交互に持ち上げながら大きな声でそう言った、
「あ、ああ……そうだった。隊長、1ヶ月ぶり、こんにちは」
「おう、こんにちは。ってなんだよ元気ねーな。男は声を出す時は腹から声を出せ! って、今は落ち込んでいるのか。どうしたアトラ?」
「……最近、オイラちょっとおかしいんだ……」
「魔法兵団の中で上位の王守魔法隊の副隊長が随分としみったれた顔をしているじゃねーか。らしくねーな。お前の取り柄は俺と一緒で元気だろーが! なあアトラ」
そう言って隊長は豪快に笑うのだが、アトラの元気がない理由はなんとなく分かっていた。なにせ国中に広がっている噂は最果てのここまで届いてきているのだから。
ミヨク。
「……魔法は集中力が大事でさ……集中力って精神が大事でさ……それでオイラは最近は事務作業ばかりしていて魔獣討伐とかしていなかったせいもあるんだけど……気付けば魔力が……魔力の総量が弐大魔道士を下回っているんだ……」
魔力の総量の低下。それは魔法使いたちの中ではよくある事で、端的に言ってしまえば雑念による魔法知識の維持の困難が原因であった。つまりは、今回のアトラの場合は自らが自覚するように、精神的な悩みが魔法の知識を留めて置く部分を侵してしまった可能性が高かった。
魔力が低下してしまう程の深刻な悩み。
──ミヨク、ミヨク、ミヨク……。
「……ん? いや、ミヨクの事だろ?」
隊長は会話の駆け引きや裏読みを一切しない凄くストレートな性格だった。
「──嫌いか、ミヨクの事が?」
故に触れてはいけない部分にも躊躇なく踏み込む。
ただ、好きか、嫌いか。そんな単純な話ではない、とアトラは当然に思った……が、すぐによくよく考えるとその質問は随分と的を射ているなとも思った。
──好きか、嫌いか。結局は行き着く先はその単純な二択ではないか、と。
──そうなんだよな……オイラの悩みは結局は、ミヨクの事が嫌いになったのか? って事なんだよな……。
凄いな。とアトラは思った。さすがは人生の先輩だ。質問の意図をしっかり汲んでいる。さすがは人生の先輩だ──とは思ったのだが、よくよく考えると隊長は相変わらずダンベルを交互に持ち上げて寧ろ集中力はそっちに注いでいるようで、しかも今まさにタンクトップを脱いだりして、単に深く考えていないだけだろうと思った。ただ、そういうところが隊長の良い部分でずっと慕っているのだが。
精神的に救われる父のような人。
「……ミヨクの事は嫌いじゃないさ。それは絶対に」
アトラはそう言った。
「だったらそれでいいじゃねーか」
隊長もそう言ってまた笑う。
──だが
「……でも、オイラも今自分で言って凄く驚いたんだけど、好きとはすぐに言葉が出ていかなかった…嫌いじゃないってなんだろう……なんか誤魔化しているような変な言葉だ──」
「でも、嫌いじゃないんだろ。だったらそれでいいじゃねーか。ごちゃごちゃ複雑に考えるな」
そう言って隊長はまたまた豪快に笑った。相変わらずダンベルを交互に持ち上げながら。
「──ってかお前ら、最近ちゃんと会って話をしてるか? そういうところなんじゃねーのか、お前の悩みなんてのは。俺はこんな性格だから繊細な奴の気持ちってのは分からねーけど、俺なんて母ちゃん(奥さん)が機嫌が悪い時とかも恐れずに向かっていくぞ。すぐにケンカになって玉砕されるけどな。でもそれでいいんだ。ケンカも会話なんだから。話をしなきゃ母ちゃんが何で怒ってて、何を考えてるのか分かんねーからな。人間同士、ちゃんと話し合った方がいいぞ」
──ここからは隊長の愚痴故に省略可。
「──ちなみに俺が母ちゃんと最近ケンカした理由は、母ちゃんが風邪ひいちまってな、それで俺が料理作ろうとしたんだ。元気出してもらうためにな。そうしたら俺は料理なんて作った事ねーからよ、材料全部焦がしちまってな。1週間分の食料だったかな。あと米もな。俺、ほら米を米を研いだ事ねーからな。そうしたら風邪だってのに母ちゃんが烈火の如く怒ってな。アンタ稼ぎ悪いんだからいい加減にして! ってな。稼ぎ関係ねーだろ。ってか、こっちが必死で頑張ってるのにそりゃねーだろ!ってな。結果も大事だけど過程も大事だろーが! ってな」
そう言って隊長は思い出を笑って話すが、アトラは、うん、それは隊長が全面的に悪い。と物凄く奥さんに共感していた。
けれど、そう思いながら気付けば笑っていた。
そして笑うと、なんだか少しだけ気分が晴れていた。
隊長の癒し魔法(魔法使いではない)。
故に、
「そうだね隊長。オイラ、ミヨクと面と向かって話し合ってみるよ」
とようやく解答ができた。
そして、
ドーンッ!! と轟音と共に、
地面が激しく揺れた。