第103話 ミヨク、1000年前──④
それから更に3年の月日が経過し、ミヨクは1年前に魔法学校を卒業して魔法兵団に入団をし、その翌年の現在に火の大魔道士となった。
「16歳で大魔道士か。凄いなミヨク。さすがはオイラの弟だ」
アトラはミヨク本人よりも嬉しそうな表情を浮かべる。
「──でも、オイラが雷の大魔道士に成ったのは15歳の時だから、ふふふ。オイラの勝ちだけどな」
「……別にアトラに勝とうと思ってないからアピールしてこなくてもいんだけど……でも俺、嬉しいよ。大魔道士に成れた事もそうだけど、これで魔法兵団の、アトラの役に立てる事が何よりも嬉しいよ。だから俺は火の大魔道士を目指したんだから。アトラが雷と水だから、それを補う為に。見ててねアトラ、これまでの恩を一気に返すから」
「だから火の魔法だったのか、知らなかった……ただ、一気にか。それは頼もしいな。でも無理するなよ。世の中には大魔道士よりも強い存在が沢山いるんだから。恩はミヨクが生きていればそれで充分だよ」
そう言ってアトラが笑う。
「そうはいかないよ。俺が今こうして生きているのはアトラのおかげなんだから、何がなんでもアトラの役に立つよ。俺は一生涯アトラに恩返しをするって決めているんだから!」
「はははは。一生涯って大袈裟だなミヨク。でも嬉しいよ。分かった。恩返ししていいよ。でも、さっきも言ったけどそれ以上に生きる事を大切にな」
アトラはそう言うとまた笑った。
「分かった。恩返しするのと同じくらい大切にする」
「頑固だな。まあ、いいけど。はははははは」
◇◇◇
そんなアトラが少し変わったのはこのくらいの頃からだった。
アトラは23歳で弐大魔道士になって以来3年間、実は伸び悩んでいた。
参大魔道士を目指すべく現在は風の魔法学校に通っているのだが、3年在籍しているにも関わらず未だに卒業の目処が立っておらず、それどころか初歩の魔法さえ習得が出来ずにいた。
その理由は単に難儀であったからであった。それほどまでに参大魔道士に成るという事は極めて困難な事だったのだ。
これはアトラに限った事ではないのだが、大多数の魔法使いがそうであり、故に魔法使いは案外と弐大魔道士に成る事をゴールとしている者が多く、参大魔道士を目指す者を選ばれし者、神の領域などと別格扱いしていた。
15歳で大魔道士に成り、23歳で弐大魔道士に成ったアトラは自分の事を天才……とまでは豪語しないが、才能に優れた者だと思っていた。
だが、参大魔道士の壁は遥か高く、いわば初めての挫折を味わっていた。
そしてそのまま、7年の月日が流れた。
ミヨクが弐大魔道士に成ったのはその頃、アトラが弐大魔道士に成った時と同じ23歳の時であった。
そしてアトラは33歳になった現在も、まだ弐大魔道士のままであった。
「や、やるじゃねーかミヨク。つ、遂にオイラに追いついたか……」
勿論それは喜ばしい事。なのだが、その気持ちに偽りはないない……のだが、なのに彼の心はどこかざわついていた。
◇◇◇
端的に、参大魔道士に成るには生半可な努力では足りなかった。
つまり、アトラの努力はまるで足りないという事。
先ず知識が心太方式になってはいけないのだ。古い知識(これまでの2つの魔法)を完璧に保ったまま、新しい知識を更に脳に詰め込んでいく必要があるのだ。
この保つと得るがなかなか難しく、しかも魔法の場合はその完璧に保つが僅かにでも欠けてしまうと大魔道士を維持する事が出来なくなってしまうのだから。
大魔道士に成ったら、そこに至るまでに得た知識や魔法を何一つ失ってはいけない。
弐大魔道士も無論。
故に、参大魔道士を目指すという事は、恐らく弐大魔道士を維持する事で限界を迎えているであろう脳に限界以上の知識(負荷)を与えるという事なのだ。
極端な事を言えば、脳の容量を他に使う余裕がない程に大変な事なのだ。
──実際に参大魔道士を目指すほぼ全ての者たちは、食事と睡眠時間以外で脳を使う事を極めて控えていた。
娯楽も交友も家族との会話さえもほぼ無として、魔法の事だけを考える。それでようやく成れるものなのだ。それほどまでに参大魔道士という壁は遥かに高く困難なのであった(ただし例外はあるとかないとか)。
アトラはそれが出来なかった。孤独に孤高を目指す事が出来なかった。何故ならば国の人気者だからだ。弱きを放っておけない優しい心を持った者だからだ。それが参大魔道士を目指すという点に関しては邪念となってしまっていたのだった。
もっとひたすらに、ただ魔法だけの事を考え続けなければならなかった。
けれど、
──ミヨクは違った。
決して不人気な冷徹な男ではなかったのだが、運良く周りのサポートに救われた。
故に、ただひたすらに知識を脳に詰め込んでいく事が可能だったのだ。
故に3年後──
ミヨクは参大魔道士になるべく3つ目の魔法学校を卒業して、弐大魔道士“兼”新たな魔道士として、そのスタートラインに立ったのだった。
26歳の時であった。
◇◇◇
──その頃、ミヨクとアトラに会話はなかった。前述の通り、ミヨクに人と会話する余裕が無かったからだ。魔法の事ばかりを考えて日々を過ごしていたからだ。
故に、すれ違いが生じたのかもしれない。
アトラは──
アトラは……
国中に、この国で最強の魔法使いは参大魔道士を目指すミヨクではないかと噂が流れ始めた頃から、アトラは──
正直、
悔しい思いを隠しきれないでいた。
もしもこれが同じ魔法兵団の仲間やライバルならそうは思わなかったのかもしれない。
けれど、ミヨクは仲間やライバルではないから。
ミヨクは──
アトラにとってミヨクは……
──ずっと守り続けたい者だったから……。
◇◇◇
そんなアトラの心にはっきりと亀裂を生じさせたのは、国中に勢いと強さを増して広がっていく噂話と、そして何よりもミヨク自身だった。
ミヨクは望まなかったのだ。最強を。王族や魔法兵団も含めた国の皆が一様に後押しをしてこようとも、ミヨクはそれを断固として拒否をしたのだ。
何故か?
それは、端的にアトラの事を思ったからであった。
アトラの気持ちをよく知っていたから。
俺 (ミヨク)はアトラに守られる者。俺はアトラを守るべき者じゃない。という事を幼少の頃から今までずっと知っていたから。
最強。いらない。そこまで強くなりたいわけじゃないから。死んで欲しくない人を守れるだけの強さで充分だから。アトラの役に立ちたいだけだから。
故に、
ミヨクは愚行を犯した
──スランプという嘘をつき、参大魔道士の道を一旦やめ、それまでの上位であった地位を捨て、スランプを抜け出す為と更に嘘を重ねて魔獣討伐隊に在籍をして、中心街(首都)の外に出る事を増やしていったのだ。
国の期待から逃げるように。最強にはならない為に。アトラを思うが故に。
けれどアトラは──6歳の頃から面倒を見ていたミヨクのそんな浅はかな考えなど、もちろん見抜いていた。
「ミヨク……」
そして、大きな事件が起きた。