第102話 ミヨク、1000年前──③
アトラは国の上の人間(王族)に入国を認められると、すぐに魔法兵団に(もちろん強制的に)入団した。
仕事内容は見習い期間という事もあり主に雑用なのだが、たまに国の領土に巣くった魔獣たちの討伐にも参加させられた。
──そしてその日、討伐に向かった魔獣の巣で想定外の事件が起きた。予想を遥かに上回る魔獣の数と、それを統率する玄獣の存在があったのだ。
「ヒトか。狩に行かなくても自ら食べられに来る危篤な弱種」
玄獣は魔獣の上位種で魔獣の凶暴性と人の知性を併せ持った厄介なもので、単純な戦闘に置いては弐大魔道士と同等くらいと考えられていた。
それが4体。その配下の魔獣の数はたぶん50以上。
方やアトラたちの討伐隊の数は隊長と副隊長を含めても25人で、玄獣と同等とされる弐大魔道士は隊長のみで、他の強者は大魔道士が5人であった。
「撤退だ! 今すぐにこの場から離れるんだッ!!」
隊長の賢明な判断──が、身体能力で魔法使いを遥かに上回る玄獣や魔獣がそれを許す筈はなかった。
かくして討伐隊の敗戦色が濃厚な戦いが始まった。
◇◇◇
──その10分後。
激戦の末に玄獣の数が2体減り、魔獣の数が10減っていた。健闘、大健闘。だがその代償として討伐隊側は……2人を残して後は誰もが瀕死状態となっていた。
唯一地に足裏を着けて立っているのが大魔道士の副隊長と、大魔道士のアトラだった。
「……終りだな。ちくしょう……明日、5歳になる息子の誕生日だったんだけどな……ああ、祝ってやりたかったよ……」
副隊長が悔しそうに涙を溢す。瀕死の皆も地面の上で死を受け入れようと目を瞑っていた。
だが、
アトラだけは、
──笑っていた。
「だったら、今日の武勇伝は息子さんの素敵な誕生日プレゼントになるじゃないですか? お父さんはとんでもなく強かったって!」
「……お、お前、な、何を言っているんだ?」
「玄獣があと2体、魔獣が……いやちょっと数えきれないですけど、あと半分くらいでしょきっと。もっかい10分前と同じように戦えばいいだけじゃないですか!」
「だから、それが不可能で……皆はもう……」
「なーに言ってんですか──」
アトラは一際大きな声でそう言うと、どこにそんな体力が残っているのか、自分こそへとへとのくせに、それでも元気なふりをして力強く手を叩いてみせた。
「──ほら、ほら、ほら、休憩時間は終わりですよ! だらけ過ぎですよ。皆さんの本気はこんなものじゃないでしょう。ほら、ほら、立ちますよ!」
鼓舞。けれど根性論だけでは誰の身体は動かない。
それでもアトラは鼓舞を繰り返した。
「──どうしたんですか皆さん? 立ちましょうよ。どうして立たないのですか? そんな筈はないでしょう。皆さんはとても強い討伐隊なのですから!」
鼓舞を繰り返した。
「──……分かりました、死ぬつもりなんですね。けれど、どうせ死ぬのなら、魂を削り切って死にませんか皆さん!! 殺されるなんて無様な死に方でいいんですか!? ねえ、皆さん!!」
やがて、その声が1人の男を奮い立たせる。
「……魂を削り切ってか……そりゃ、そうだ……。最後まで足掻くのが人だよな、なあ新人(アトラの事)」
この討伐隊の隊長。彼はそう言いながら立ち上がると杖を魔獣に向けて詠唱を開始する。そして、
「【フィーラード〈大大火柱〉】」
──は、魔力の枯渇により不発。
だが、続けてもう一度、「【フィーラード〈大大火柱〉】」。
けれども、枯渇した魔力に奇跡は起きない。
──が、ここで小さな奇跡が一つ。実は隊長のこの魔法は玄獣を2体仕留めた魔法であり、この魔法名を発する度に玄獣や魔獣は怯えを隠せないでいるという事態が発生したのだ。
更にそこにまだ魔力の残っている副隊長がその下位魔法にあたる「【コフィーラード〈大火柱〉】」を唱えた。威力は隊長の半分程しかないのだが、その見た目は酷似していて、また玄獣や魔獣たちは隊長を警戒していた為に意識が隊長の方に向けられていた為、その火柱が上がった時、それが隊長の魔法によるものだと錯覚をした。
そして、アトラがその勘違いを見逃さなかった。
「隊長。オイラの魔力を使ってください。それに皆の魔力も。そしたらまだあと10発くらいは撃てるでしょ?」
嘘だ。魔力は他人に譲渡できない。もしかしたら新法大者がそんな魔法を作るかもしれないが、少なくともこの場にいる魔法使いの誰もにそんな事は出来ない。勿論それはこの場にいる魔法使いならば全員が分かっていた。
──が、アトラのその嘘を受けて皆が立ち上がる。そして各々の魔法具(杖や本やグローブ)を隊長に向けて魔力を譲渡するような構えをとった。
知恵。いや、悪知恵か。言葉が理解できる玄獣を人間の皆で騙そうとしているのだ。
そして、アトラが言った。
「まだですか? もう充分でしょう隊長。早く魔法を使ってくださいよ」
「……いや、まだだ。あと少しで、もっと強い魔法が使えるようになるからもう少し待ってくれ」
隊長もそう答えた。
そして、その嘘が決め手となった。
途端、玄獣の2体が慌てて逃げ出した。その様子を見て他の魔獣たちも一斉に逃げ出した。
悪知恵の勝利。
「……た、助かった」
副隊長がそう言った。
「おい、新人……アトラと言ったか? おまえ凄い奴だな。この絶望的な状況をハッタリだけで乗り切るなんて……」
隊長がそう言った。
「──けど、助かったよ。ありがとうアトラ」
「死にたくなかっただけですよ」
アトラはそう答えて、緊張の糸が一気に解れたのか、その場にドサリと倒れた。
「──あー、疲れた。オイラは誰も死んでほしくなかっただけです。でも必死すぎてあまり覚えてないですけどね。何がどうしてこうなったのかなんて。なんか全てが奇跡みたいな展開でしたね」
そう言って笑う。
「ああ、皆の生きたいって気持ちが良い感じの台本を作ったのかもな」
「そうですね。あーでも良かった。皆が無事で」
そう言ってアトラがまた笑い、皆も笑った。
◇◇◇
その日からアトラは魔法兵団の人気者になり、そこから飛び出した噂話により町の人気者になり、その後の活躍にもより国の人気者になった。
そして、7年の時が経過して、23歳になったこの日──中心街(首都)の王城のパーティ会場にて、弐大魔道士と成った祝福と、新たな役職が王直々に手渡された。
王守魔法隊第三副隊長。
それはこの国の魔法使いのNo.6の席であった。
「ふふふ。アトラの額の菱形の丸が2つ目。その丸を付ける所を俺は見させてもらったんだから。ふふふ。2つ目。ふふふ」
そんなアトラを羨望の眼差と少し気持ち悪い笑顔で見つめるミヨク。この時、13歳。魔法学校に入学して2年が経過していた。