第101話 ミヨク、1000年前──②
アトラ。
◇◇◇
──とミヨクが出会ったのは、ミヨクの住む町が……いや国が滅んだ翌々日の事であった。
廃墟と化した町に山賊が食料や金品を強奪する為に山を下りてきた時に、その山賊を返り討ちにしたのがアトラだった。
ミヨクと同じ国に住む、隣の隣の町の青年。
「よう! 元気はあるか? それとも国と一緒に自分も死にたい感じになってるか?」
それが第一声。ボロボロの衣服に泥だらけの顔。けれどもその声にははつらつとしたものがあり、けれどそれが息の切れ具合からも無理している事は容易に伺えた。
「──親はどうなった? 知人は? 友達は? この町にお前以外で生きてる人はいるか?」
「……たぶんみんな……死んだ」
ミヨクはそう答えた。
「そうか……。ところでお前、目が腫れてないけど泣かなかったのか?」
「……泣かない。お父さんとお母さんが言っていたから。この世界では、誰がいつどうなるか分からない。だから、例えお母さんとお父さんに何があっても、先ずは何よりも生きる事を考えなさいって。だから俺、今日まで瓦礫の下から必死に食糧を集めていたんだ。山賊に奪われそうになったけど……だから助けてくれてありがとう」
ミヨクはそう言って深々と頭を下げた。
「アトラだ。それが“オイラ”の名前だ。お前は?」
「……ミヨク」
「年齢は?」
「……6つ」
「そうか。オイラは16歳だ。10個違いだな」
「……16歳は強い? さっき山賊をあっという間に倒したから……」
「6歳よりは強い」
「俺も、俺も強くなれるかな?」
「おう。もちろん可能だ。ただし努力をすればな。強くなりたいかミヨク?」
「うん。なりたい。強くなって、もう死んで欲しくない人たちを俺が守りたい」
「そうか。じゃあ一緒に来るか? っていうか、オイラの町もそうだったんだけど、死臭に魔獣が群がってくるからどの道このままこの町には居られないんだ。だからミヨク、一緒に行こう。オイラが強くなる方法も教えてやるからさ!」
「ほんと? うん、行く。ありがとう。ただ、ちょっとだけ……ちょっとだけいいかな……」
「ん? どうした? 早く行動をしないと本当に魔獣が──」
「…….な、なんかホッとしたら……ホッとしたらさ……それってきっとダメなことなのかも知れないんだけど……アトラが来てくれたから……アトラと会ったから……アトラが傍に居てくれるとなんか安心してさ……俺、昨日から1人だったから……本当はダメな事なのかも知れないんだけど、お父さんとお母さんが死んで……1人で怖くてさ……だ、だから俺、おれ……もう、もう、もう……お母さーん、お父さーん、俺、おれ、おれ……おとうさーーん! おかあさーーん! うえ、うえ……うわーーーん!! おどうざーーん!! おがあざーーん!!」
ミヨクの瞳から大粒の涙が溢れ、アトラは咄嗟にそれを見ないようにした。
◇◇◇
黒髪で短髪、黒い瞳、斜め上に一直線に伸びた元気な眉毛。額のほぼ中央には菱形の痣のような痕があり、それをミヨクが質問をすると、「ああ、コレはおまじないさ。オイラが自分で傷を付けたんだ。この菱形をよく見ると角部が丸く囲われているだろ? これは現在のオイラの魔法使いでの階級を表しているんだ。大魔道士に成る数が増える度に丸も増やしていくんだ。だから今は1つ。オイラはいつか絶対に肆大魔道士、新法大者に成りたいんだ。これはそんなオイラの絶対を叶える為の意思表示を込めたおまじないなんだ」と嬉しそうに答えていた。
アトラ。
現在、そんな彼の現在の階級は雷の大魔道士であり、弍大魔道士を目指すべく水の魔道士に半年前になったばかりであった。
アトラ。
彼はどんな時でもとにかくよく笑った。ミヨクと先行きの見えない旅を続けながらも、その表情には心配無用の4文字を力強く刻んでいた。
「大丈夫だ。何も心配するな。オイラは無敵だ」
16歳の少年が更に小さな子供を連れての2人旅だ。不安がない筈はない。けれどアトラはミヨクによくそう言った。
大丈夫だ。大丈夫だ。何も心配するな。と何度も何度も。
だからミヨクも「うん。大丈夫。何も心配してない。アトラは無敵だから」と何度も何度も嬉しそうに答えた。
「そうか。ならいい」
「うん」
やがで2人は(──とはいえここまでの道のりは2週間。野宿と100%ではない狩で飢えを凌いでいた)隣国との境界線付近までやってきた。そこでアトラは国境を警備する複数の隊員たちの前で大きな声でこう挨拶をした。
「オイラたちは敗戦国から命辛々に逃れてきた青年と少年だ! どうかこの国の仲間に加えてもらえないだろうか? 成人以下の人間に慈悲の心をくれないだろうか? オイラたちはお腹がぺこぺこなんだ!」
嘘は言わない。けれど物凄く太々しさを感じるなんとも言えない命乞いであった。
それを面白い、と思う海のように広い心の持ち主は国境警備隊の中には残念ながら……居た。
「お前、面白いな。素直で正直な奴は俺は好きだぜ」
しかもその男はどうやら隊長のようで、他の警備隊員は、えっ? あ、でも隊長がそういうのなら。みたいな表情をしていた。
「──ただ、残念ながらお前を他国のスパイではないと判断が出来なくてな。お前の顔つきや姿勢や話口調には好感が持てるんだが、いかんせ世界は争い事が多くてな。どうだ? 自分が真っ白な人間だと証明出来るか?」
その問いにアトラは、
「男同士、拳で分かり合うのはどうだ?」
と、青春昔話のような発言をした。その発言にミヨクは物凄く驚いた。だってアトラ、魔法使いじゃん、と。
もちろんアトラのこんな馬鹿みたいな提案に乗る馬鹿みたいな国境警備隊員は残念ながら……居た。
「お前、本当に面白いな」
やはり警備隊長。彼は嬉しそうに口角を持ち上げていくと、鎧をドスンと地面に投げ捨て、その筋骨隆々とした身体を露わにした。
単純な比較で、アトラは身長168センチで体重が55キロ、空腹状態。対する警備隊長は、身長188センチで体重が98キロ。腹八分目状態。故にミヨクはまた思った。だからアトラはそもそも魔法使いじゃん! と。
──けれどそんなミヨクのツッコミはどこ吹く風と言った具合に、2人の殴り合いが始まった。
先制攻撃はアトラの「うおおおーー!」と気合いを込めた雄叫びとパンチの連打。だがその打撃音は気合いとは裏腹にぺちぺちべちと弱々しいもので、それを警備隊長は笑顔で受け続けると、アトラが疲れ切った所でその顔面に渾身の一撃を叩き込んだ。
ドゴンッ!
痛烈な音と共にまるで指で弾かれた輪ゴムのようにアトラが飛んで行った。
「あ、アトラー! こ、このーー!」
ミヨクがすかさず警備隊長に飛びかかって行く──が、すぐに脇の下を掴まれそのまま高い高いをされた。
「──こっ、このー、このー! このー!」
じたばたと警備隊長に蹴りを入れるミヨク(6歳)。その間にアトラがよろよろと立ち上がる。
「ミ、ミヨクどいてろ……しょ、勝負はまだ着いてねーんだから」
左の頬は腫れ、鼻と口からは大量の血が溢れて、脚はガクガクの満身創痍状態。けれどそれでもアトラは懸命に向かって行く。
「うおおー! ミヨクを離せ、こんにゃーろーが!!」
──が、ドガン。
アトラは警備隊長からアッパーカウンターを喰らうと、そのまま空を見上げたまま倒れて、そして意識を失った。
男同士の殴り合い、終了。
「いい根性だ。気に入ったぞ」
警備隊長は満面に笑みを浮かべてそう言い、ミヨクを地面に下ろすとこう言葉を続けた。
「──そいつ……アトラといったか? アトラが目を覚ましたら伝えておいてくれ。許可してやる。国境を越えて来い。国の上の人間には俺がなんとかしてやるってな」
「……え? いいの?」
「ああ。拳で語り合ったからな。絆が生まれた。それにアトラは魔法使いだろ? 持ち物や雰囲気でなんとなく分かる」
「うん。なんで殴り合いなのか本当に不思議だったんだけど、本当は超強いよ。山賊とかすぐに倒しちゃうんだから。俺を2週間も魔獣から守って戦ってくれたんだから!」
「そうか、そうか、超強いか。なら尚更歓迎だ。強い魔法使いは国の上の人間たちも喜ぶさ」
警備隊長はそう言うとまた笑った。
そして、アトラとミヨクはこうしてこの国に迎え入れられたのだった。