第100話 補足だよ。ゼンちゃんマイちゃん②
どこかは分からないけど、特に何の色もない空間。
──そこに人の形をしたぬいぐるみが2体と、少し日にちが経っているのか灰色に変色している鏡餅のような物体が並んでいた。
ゼンちゃんとマイちゃん。
◇◇◇
「ミョクちゃーん! ミョクちゃーん!」
マイちゃんが顔を前後左右上下へと向けながら必死に呼びかける。
「ん? どうしたんだマイ? ミヨクは多分こっち(パラレルワールド)には来ないぜ」
ゼンちゃんは割と冷静にそう答えた。
「……そうなんだ。オラ、呼べばもミョクちゃんも来てくれるかと思っていたんだけど、来ないんだね。オラ、知りたい事があったのにな……」
「なんだ? オイラが答えてやるぞ。ここでのオイラは物知りだからな」
「あっ、そういやそうだっけ。パラレルワールドのゼンちゃんはあっちに比べて賢いんだっけ?」
その辺りでマイちゃんはゼンちゃんに蹴られた。
「オイラは何処のオイラも賢いだろ」
「……賢い者はすぐに暴力は振るわないよ……」
「ん? なんか言ったかマイ?」
「ひっ! な、なんでもないです。だから今日はもう蹴らないでゼンちゃん」
「仕方ねーな。もう蹴らねーよ。話が進まないからな。っで、何だ聞きたい事って? オイラが何でも答えてやるから言ってみろ? 何でも知ってるからな」
「うう……そのドヤ顔が鼻につくな……」
「ん? なんか言ったか?」
「ひっ! なんでもないです」
「それなら早く言え。オイラが何でも答えてやるから」
「……オラ、1000年前のミョクちゃんが肆大魔道士って言われても何を言っているのかよく分かってないよ。肆大魔道士って何? ミョクちゃんは時の魔法使いじゃないの?」
「ん……おっ、そうか、マイはその辺りの事をまだ知らない感じか? そういえば第41話の時も聞いてなかったもんな」
「第41話?」
「……まあ、それはいい、気にするな。そうか、肆大魔道士について聞きたいのか。よし、物知りのオイラがおさらいと補足も含めて──」
と、ゼンちゃんが言い掛けた時、どこからか「ガーガー」と変な声が聞こえてきた。
「──ガーガー」
それは、近くにあった灰色に変色した鏡餅からであり、マイちゃんがすぐにその声を辿って後ろに回り込もうとしたのだが、その前にその鏡餅が急にくるりと動いた。
「ガーガー。鏡餅じゃないが。吾輩は夢の魔法使いガー。ガーガー」
吾輩が一人称の夢の魔法使いのナツメさん。見た目はアレだが正式な猫。
「おっ、ナツメさんだったのか? オイラは腐りかけの餅だと思って疑いもしなかったぜ」
「ナツメさんだったんだね。オラも変な物があるって感じで気にしていなかったよ。相変わらずガーガー言っているね」
「言ってないガー。吾輩はガーガーなんて言ってないガー! ガーガー。ガーガー」
「……」
「ガーガー、ガーガー」
「……そ、それでどうしたのナツメさん。パラレルワールドに何か用事?」
「ガーガー。吾輩は新法大者ガー。魔法使いの事はとっても詳しいガー。マイちゃんの質問を吾輩が答えようと思って出てきたガー。ガーガー」
ナツメさんはそう言うと、ゼンちゃんとマイちゃんの返事を待つ事もなく話を始めるのだった。
◇◇◇
「ガーガー。魔法使いには階級があるガー。先ずは魔道士、それから大魔道士、弍大魔道士、参大魔道士、そして肆大魔道士を経て、新しい魔法を作る事が許された新法大者へと成っていくガー」
「ふんふん。なるほどなるほど。そうなんだね。大魔道士に成るのも大変なのに、その上にも沢山あるんだね」
「そうガー。新法大者に成るのは大変ガー。吾輩は凄いんだ。ガーガー」
「(無視)じゃあ、1000年前のミョクちゃんが肆大魔道士って事は、もうちょっとで新法大者なんだね」
「……ガーガー。ちょっと違うガー。新法大者っていうのは魔力の総量がそこに達したら成れるもので、肆大魔道士がその条件なんだガー。つまりは肆大魔道士になった瞬間にすぐに新法大者に成る事が可能なんだガー。ガーガー」
「ん? 肆大魔道士って通過点じゃないのか? 肆大魔道士に成ってそれから新法大者に成るまで修行をして、それから成るものじゃないのか?」
「ガーガー、違うガー。肆大魔道士に成った瞬間に新法大者に成る事が可能ガー。つまりはガー、新法大者と肆大魔道士の魔力の総量は同じガー。ガーガー」
「……ん? だったら肆大魔道士でいる必要なんてないんじゃないか? すぐに新法大者に成っちまえばいいじゃないか。新法大者の方が新しい魔法を作ったり出来るんだから凄いんだからよ」
「ガーガー。ゼンちゃんなかなかするどいガー。そうガー。すぐに新法大者に成りたいなら肆大魔道士を維持する必要なんてないガー。ガーガー」
「じゃあなんでミヨクは肆大魔道士なんだ? すぐに時の魔法使いになっちまえばいいじゃねーか」
「ガーガー。それは、それがミヨクの思惑だからなんだガー」
「思惑?」
「そうガー。実は肆大魔道士を維持し続ける事って物凄く難しいんだガー。難易度で言ったら、現時点での魔法使いの最高ランクである1000年後のミヨクが成っている法神業の次に難しいもので、だからこそ威力が出てくるんだガー」
「威力?」
「そう、威力ガー。他者の感覚的に、えっ、キミ肆大魔道士なの? マジで? それは凄いガー。勝てないガー。逃げるガー。みたいな感じになるほど肆大魔道士ってのはその名前だけで物凄い威力と威光があるもんなんだガー」
「話が見えねーな。なんでそんなに凄いんだ? どう考えたって新しい魔法を作る事ができる新法大者の方が凄いだろ?」
「ガーガー。魔法は努力の結晶ガー。だからそこに達するまでにどれ程の努力が必要で、それを維持をし続ける事がどれくらいに難しいのかを魔法使いなら誰でも知っているからガー。魔法をスポーツに置き換えると分かりやすいガー」
「スポーツ? ああ……あれか、どこかの世界に存在してるアレの事(パラレルワールド故に物知り)か」
「スポーツ? あっ、そういえばオラも知っているよ。あのどこかの世界にある野球とかサッカーとかオリンピックの事(物知り)だよね」
「そうガー。そのスポーツの事ガー」
「そのスポーツがなんなんだ?」
「マイちゃんが言ったようにスポーツの中には、野球とサッカーといったルールの違う幾つもの競技があるガー。野球には野球の、サッカーにはサッカーの、ボクシングにはボクシングのそれぞれのルールがあるガー。それは魔法も同じで火も水も風も雷もそれぞれが別のルールで成り立っているんだガー。つまりガー、大魔道士をスポーツの野球に置き換えると、そのプロ選手と同意で、弍大魔道士とはプロ野球選と同時にサッカーのプロ選手であるという事なんだガー。もちろん2つ共に現役のだガー。その時点で弍大魔道士で維持し続ける事が難しいかは想像に難しくはない筈ガー。ガーガー。だからガー、参大魔道士とは、そこにさらにもう一つのプロ競技選手を付け加えるものなんだガー。そして勿論その3つの競技をずっと現役で続けるって事なんだガー。ガーガー」
「複数の職業をずっと現役で……。そうなんだ……それが凄く大変な事だってことはオラでも分かるよ。凄いね弍大魔道士も参大魔道士も。肆大魔道士なんてもっともっと大変だね」
「そうなんだガー。凄く大変なんだガー。脳の使い方も身体の鍛え方や使い方も異なるから頭も身体もぐちゃぐちゃになるガー。魔法を使う際の詠唱の仕方もルールがそれぞれ異なるから、もうぐちゃぐちゃのぐちゃぐちゃガー。だから、本当は誰もがすぐに新法大者に成りたいわけじゃないんだガー。端的に肆大魔道士を維持する事が難しいからすぐに新法大者に成るんだガー。新法大者に成ると4つの基礎魔法を維持しなくて済むから比較的に楽なんだガー。つまりはガー、成りたいんじゃなくてガー、新法大者に成った方が肆大魔道士で居続けるよりも楽だから成るんだガー。ガーガー」
「なるほどな。だから、肆大魔道士には威力があるのか。1000年後に時の魔法使いに成ったミヨクが火も風も水も雷の魔法も使えないのも納得だ」
「そうガー。ミヨクは凄いガー。前に1000年後のミヨクが言っていたガー、1000年の間で肆大魔道士を1年以上維持した者は11人しかいないらしいガー」
「1000年間で11人か、……それは確かに凄いな」
「そうガー。しかもミヨクは敢えて肆大魔道士を維持してるガー。前に聞いた事があるんだガー、ミヨクは基本的に人を傷つけるのが嫌なんだガー。だから肆大魔道士っていう威光で相手がビビってくれたからそれが何よりだと思ってるんだガー。不戦勝は誰も傷つけないからガー。それがミヨクが肆大魔道士を維持している思惑ガー。ガーガー」
「不戦勝か。ミヨクらしいな。でも、威光なんかで敗北を認めない相手も勿論いるだろ?」
「いるガー。でも、肆大魔道士って端的にめちゃくちゃ強いんだガー。なにせ基礎魔法の全てを上限で発揮できるんだから、攻守のバランスが物凄く良い状態ガー。ガーガー。単純な力比べによる戦闘なら、攻撃に特化した新法大者よりも強い場合が多いガー。しかもすぐに新法大者に成るよりも伸び代も凄くあるってミヨクが言っていたガー。ガー、ガー」
「伸び代もあって攻撃に特化した新法大者より強い場合が多いのか……」
その辺りでゼンちゃんにふとある疑問が過ぎった。
「──……ナツメさんって新法大者だよな? だったらどんだけ強いんだ?」
「ガーガー。吾輩は参大魔道士……いや、弐大魔道士……ガーガー。たぶん大魔道士よりも弱いガー。ガーガー」
ナツメさんは恥じる事なくさも当たり前のような表情でそう言い、ついでにブッと放屁もした。
「オイラたちに鼻はないから匂いはいいんだけど……それよりも、それでいいのか? 新法大者なのに大魔道士よりも弱いってプライド的なアレは大丈夫なのか?」
「ガーガー。それは人間の価値観ガー。吾輩は強いとか弱いよりも楽しければなんでもいいガー。それに弱いと無駄な争いに巻き込まれないから楽なんだガー。プライドが無いからすぐに謝って見逃してもらえるしガー。ガーガー」
その辺りでゼンちゃんは何かを言おうと思ったが、よく考えるとナツメさんは猫だと改めて思った。猫だもんな、と。
「そういや、さっき1000年の間で肆大魔道士を維持した者は11人しかいないって言ってたけど、ファファルもそうか?」
「そうガー。吾輩の大嫌いなアイツもそうガー。そう考えると、肆大魔道士を1年以上維持した者は歴代とんでもなく強い新法大者になっているガー。吾輩は800年くらいしか生きていないからその間の8人しか知らないガー、どれも世界を揺るがすほどの魔法使いばかりだったガー。これがミヨクの言う伸び代ってやつなのかも知れないガー、ガーガー」
「そうなんだ。ミョクちゃんとファファルくらい強かった?」
「ガーガー。あの2人は更に別格ガー」
「ミヨクとファファルとその200年後から現在までで8人……で計10人か。ナツメさんの生まれる前のもう1人が気になるな?」
「ガー。ミヨクから聞いた事があるんだガー、ミヨクの時代に居たらしいガー」
そこでナツメさんは一呼吸を置くと、それからこう言葉を繋げた。
「──名前もよく覚えてるガー。なにせミヨクのしてくれる昔話の中で一番に印象に残った話だからガー、
アトラ。
──1000年前の肆大魔道士のミヨクを殺した者ガー、ガーガー」
「……えっ、ミョクちゃんを?」
「アトラ? オイラは初めて聞いた名前だな」
「ガーガー。ミヨクは吾輩以外には誰にも言ってないガー。それだけその名前の人間は特別なんだガー。吾輩は猫だからって理由で教えて貰ったんだガー。ガーガー。そして、そこら辺の話はこれから話していくからここでする必要もないガー、ガーガー。って事でガー、それじゃあ、そろそろ物語を再開するガー、ガーガー」
「……ナツメさんが締め括るんだ……。オラとゼンちゃんのぱられるわーるどなのに……」
「ガーガー」
「ん? いや、そういやナツメさんって、夢の魔法使いだよな……えっ、って事はまさか……このパラレルワールドってナツメさんの魔法なんじゃ……? いや、そんな筈はないよな、違うよなナツメさん?」
「…………ガーガー」
「なんの間だよ!」
「ガーガー、ガーガー、ガーガー」