7. やっぱり優しい彼
体育祭は、もう来週に迫っている。
櫻木くんとの二人三脚も随分板についたもので、転ぶことはなくなったといってもいいくらいの仕上がり。
全てが順調で、あとはもう本番を迎えるのみ。
…そのはず、なんだけど。
「早坂。残りの一週間は練習をなしにして身体を休めようか」
その提案は、別段おかしいものではないと思った。今まで一日も欠かさず特訓してきたのだから、本番前に万全な状態に整えるための休息は必要だと思う。
だけど。
だけど、なんだか櫻木くんの雰囲気が、以前と変わったような気がする。常に爽やかな笑顔を絶やさなかった彼なのに、最近は物思いに沈んでいるのをよく見かける。
気にかかる悩みでもあるのかな。すごく心配。
その悩み事を解決するためにも、彼にこそ休んでもらいたい。
「うん、毎日練習に付き合ってくれてありがとう。体育祭、頑張ろうね!」
意識して明るく声をかけたんだけど、櫻木くんは淡い笑みで頷くだけだった。
そうして彼と別れた直後、私は教室に忘れ物を思い出して向かっていた。
自分のクラスに近付くと、数人の話し声が聞こえる。
「涼、今日で早坂との練習を終わりにしたんだろ?」
「…ああ」
櫻木くんと、その友達らしい。自分の名前が出たことで、扉を開けるのを躊躇してしまう。
「涼がずっと早坂ばっかり構うからさ、俺たちめちゃくちゃつまんなかったんだぜ!」
「放課後に遊びにも誘えないし、部活の助っ人にも連れ出せないしさぁ」
「あんなトロいやつとペアなんて、俺には考えられないな」
「早坂も人気者を独り占めしてるってことに気付いて、ちょっとは遠慮してくれればいいのに」
身体から血の気が引いていくような気がした。
やっぱり私は櫻木くんに迷惑をかけてたんだ!
貴重な時間を無駄使いさせて…、彼は私なんかのお守りをしてていい人じゃないのに!
身の程知らずの自分が恥ずかしくて、私はいてもたってもいられず、その場から逃げだそうとした。
その瞬間、勢いよく席を立つ物音がして。
「練習に誘ったのも、それを毎日強制したのも全部俺だ。早坂は文句も言わずに従ってただけだ。…悪く言うな」
漏れ聞こえたのは櫻木くんの言葉。
こんな時まで私を庇ってくれる、優しい人。
知らず涙が溢れて戸惑っていると、教室の中から廊下に向かう足音が近づいてくるのがわかった。
隠れるほどの余裕もなく、わたわたしている私の前に現れたのは、当の櫻木くんだった。