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 6. 助けたい理由

 

 練習初日は予想通り、まともに歩くことすら出来なかった。

 何度も躓きそうになり、その度に地面に手をついてやり過ごし、一時間が経つ頃には早坂は相当へばっていた。

 俺は無理をさせたと焦ったが、予想外にも早坂は。


「明日も頑張ろうね!」


 と、こちらが驚くほどの満面の笑顔で約束してくれた。

 汗と砂埃にまみれた顔は相当汚れていたが、その表情は俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 きっと早坂は『運動』が嫌いなんじゃない、『運動音痴な自分』が嫌いなんだ。

 体育の時間でも団体競技になると決まって強張った顔をしていたが、個人競技ではただ恥ずかしそうにしているだけ。きっと他人に迷惑をかけることが殊更気になる性質なんだろう。

 そんなこと気にしなくていい、と言ってやりたかった。

 

 せめて相手が俺の時は。




 二人きりの特訓は二週間を過ぎ、なんとかコースを最後まで回り切れるようになっていた。

 早坂も俺も嬉しくて、思わず抱き合って喜びを分かち合ったほどだ。すぐに早坂が真っ赤になって飛び退いたから、正直あんまり抱きしめた感覚は覚えていない。

 なんだか勿体無いことをしたような気分になったのはなぜだろう。



「おっと!」

 

 考えごとをしていたら、先生に運搬を頼まれた図書室の本がずり落ちそうになった。

 目的地はすぐそこだ、あとは図書委員に渡せばいいと言っていたはず。


「失礼します」

 

 夕日が射し込む図書室の受付に委員の姿はない。辺りを見回せば、少し先の本棚の陰に二人の人影が見えた。



「早坂さんにも困ったものね、今月の図書室当番を全部代わってほしい、だなんて」



 声をかけようとした俺の耳に聞き覚えのある名前が飛び込んできて、反射的に盗み聞きの体勢をとってしまった。

 上級生の委員であるらしい二人の会話は続く。


「まあ、いいじゃない。かわりに来月と再来月の当番は全部代わるって言ってるんだし」

 

 それもそうね、と話を終わらせた二人に素知らぬ顔で本を託し、俺は図書室を後にした。


 知らなかった。


 自分が委員会や部活に所属していないせいか、早坂に放課後の予定があるなんて思いつきもしなかった。言ってくれればよかったのに。

 もしかして言い出しにくかったのだろうか?

 早坂も乗り気で参加しているんだとばかり思っていた練習は、その実、彼女に強制を強いていたのだろうか?

 もやもやする頭を抱えていたら、随分遠くに早坂の姿を見つけた。

 いい機会だ、直接本人に訊こうと歩みを進めれば、常のごとく、彼女はまた何もないところで躓いた。

 さすがの俺でも辿り着けない距離の遠さに歯噛みしていると、横合いから現れた男子生徒に腕を掴まれて事なきを得た。

 ほっと安堵した反面、なぜか苛立ちが募る。


『それは、俺がやるべきことなのに』


 不意に浮かんだその一文に、俺はますます腹立たしい気持ちを掻き立てられて、余計に戸惑う。

 この思いは、今まで深く突き詰めずに放置していた感情を呼び覚ます気がして、俺はどう対処すればいいのか見当もつかなかった。



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