5. 優しい彼
「はい!俺、早坂とペアで二人三脚に出ます」
凛とした声音は、確かに櫻木くんが発したものだった。一拍の後、教室がどよめきに包まれる。
「マジかよ、涼」
「おまえ、体育祭にやる気出し過ぎ!」
「いくら櫻木くんでも早坂さんとペアじゃ力が出し切れないんじゃ…」
「涼くんと二人三脚出来るなら、私が出たいよ!」
「私も!私も!」
思い思いに発言するクラスメイトを静めると、櫻木くんは何かを企んでいるような笑みを私に向け、次の台詞で教室中を歓声で沸かせた。
「俺が出るんだぜ?どんな奴がペアでも、一位は当たり前だろ?」
容貌に反して人懐っこい爽やかさが印象的な彼の、クールな一言。
盛り上がりを見せるクラスメイトの中、私は熱くなった顔を冷ますのに必死だった。
「早坂!今日から毎日練習な!」
あの後そう告げられて、私は体操着姿で校庭の隅にいる。
高嶺の花の櫻木くんと、まさか二人三脚をすることになるなんて。緊張でどうにかなってしまいそう。それでなくても運動音痴の私とペアになるなんて、迷惑をかけるに決まっているのに。
私は少しのときめきと、それをかなり上回る不安でいっぱいだった。
「早坂、おまたせ。先に待ってるなんてやる気だな」
にこやかな笑みで腕まくりをしながら現れた櫻木くんは、すぐに準備体操を始めた。慌てて私もそれに倣う。
「いいか、早坂。二人三脚は何よりもお互いの呼吸を合わせることが大事なんだぞ」
「う、うん!」
「俺がリードするから、おまえは俺を信じればいい。俺も早坂は絶対転ばないって信じてるし、万が一躓いてもちゃんと支えるから」
櫻木くんは私の心配を取り除こうとしてくれているのか、真摯な瞳で話してくれる。
体育祭までの放課後を毎日私に付き合ってくれるんだ、私も少しでも彼の期待に応えたいと思った。
でも、どうしてこんなに親身に私に接してくれるんだろう?種目決めの時は深く考えなかったけど、思い返せば、あの時立候補してくれた理由も今いちわからない。
…同情、だろうか?
スポーツ万能の彼からしてみたら、私みたいにトロい人間は憐れみの対象?
そこまで考えたら、無性に悲しくなった。
「早坂、どうした?まずは足を結んで歩いてみるところから始めようぜ」
櫻木くんは優しい。
優しくて、明るくて、だから人気者で。
高望みなんてしちゃだめだ、こうやって一時でも彼を独占出来るなんて、きっと素敵な思い出になるから。
「うん、やってみよう!」
だから私は気持ちを笑顔で切り替えて、手を差し伸べてくれている彼の元に歩み寄った。