2. トロさ随一のクラスメイト
俺のクラスには、とんでもない運動音痴がいる。いや、あれはきっと神経が切れてるに違いない。
五十メートル走でまさかの十五秒台を叩き出し、跳び箱は驚愕の三段でギブアップし、二十五メートルを泳げと言われても、限界まで我慢してさえ十メートル付近で足をつける。
おまけに日常生活では、ヒマさえあればあちらこちらで転んでいる。
常に膝小僧に絆創膏を貼っている彼女の名前は、早坂兎和子。
高校に入学して一番に覚えた女子の名は、とてもじゃないけど目が離せない、彼女のものだった。
その瞬間に居合わせたのはまさに偶然。今まで、転んだ時に見かけることは度々あったけど、今まさに転びそうになっているところに鉢合わせたのは初めてだった。
あいにく至近距離とは言えない場所にいたけれど、これくらいなら全速力で走ればきっと間に合う。
いや、間に合わせる!
この時、どうして自分がこんなに焦っているのか正直わからなかった。だけど、自分の腕が彼女の身体を支えることが出来たその時、俺は言い知れぬ至福に包まれていて…。
あまりにも嬉しかったから、つい調子に乗って早坂をからかってしまった。
表情をくるくる変える早坂は見ていて飽きない。
ちゃんと俺の忠告を実行してくれるだろうか、いや、気をつけていてもきっと反射神経が反応しないのだろう。
それなら。
それなら、俺がまた助けてやればいいんだ。
その考えは思いの外、俺の心にすとんと入ってきて落ち着いた。