1. 始まりは躓きから
特技は『何もないところで転ぶこと』。
なんて言ったら、やっぱり笑われてしまうのかな。
また、躓く感覚。
前のめりに傾ぐ身体は重力に逆らえず、眼前にはアスファルトの地面が待ち構えている。
せめて、と顔を庇ったその瞬間、腰に巻きついた誰かの腕に身体ごと攫われた。
「早坂って、ほんとトロくさいやつだなあ」
転倒から救ってくれたのは呆れた声の端正な容貌。
櫻木くんだ!
成績優秀、運動神経抜群、整いすぎて怜悧ささえ感じるその顔。
全てが一級品で備わっている彼は、女生徒の憧れの的。
一見近寄りがたさを感じるその風貌だけど、反して好青年を絵に描いたような彼の性格は、同性にさえ愛されている。
もちろん私も、彼を憧憬の眼差しで見つめてやまない。
「あ、ありがとう。櫻木くん」
名前を呼ぶのさえ、なんだか恥ずかしい。思いがけない急接近にもじもじしていると。
「早坂のこと、今度から『トロ子』って呼ぶことにするわ」
…へ?
トロ子って…、トロ子ってなに!?
愕然として彼を見上げれば、予想に反してとてつもなく爽やかな笑顔を浮かべていた。
「このあだ名が嫌だったら、転ばないように気をつけろよな!」
最後に注意を促すと、彼は颯爽と校舎に走り去っていった。
えっと…、つまり。
からかわれたけど、心配はしてくれてる、ってこと?
あの櫻木くんに気遣ってもらえたことが単純に嬉しくて、その日は一日中上機嫌で過ごした。