第九十七話『語られなかった事。』
本日投稿の、
2話目です!
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その子供は、瓦礫となった建物の近くで、
亡骸の傍らに踞っている、
人間の男の子だった。
私達を顔を見合せて、
誰も何も言わなかったが、
仲間の一人が、男の子にそっと歩み寄って、
近づこうとした。
「子供じゃけの」
ロウウェンの低い声がして、仲間は一度立ち止まった。
「人間の子供だぞ?
まさか、この子まで助けるとか言い出さないよな?」
ロウウェンは返事をせず、
男の子を抱き抱えると、
独り言の様に言った。
「こげ場所に、餓鬼連れて来やがって。
貧しうて、苦しんで喘いどるんは、
亜人も人間も一緒じゃ」
私達が溜め息をついていると、
いつの間にか、男の子は眼を開けていて、
自分を抱えている、ロウウェンの顔を見上げていた。
「坊主、ここらにゃ、他に村が無いが、
家は遠くかのう?
何処か怪我しとるなら、治しちゃる。
飯も有るぞ。
身寄りが居る場所が、わかりゃ、
近くまでは送り届けちゃる」
男の子は何も言わず、
黙ったままロウウェンの話を聞いていた。
「おい、ロウウェン。止めとけ。
幾ら子供と云っても、人間の餓鬼だ。
俺達を恨んで憎むぞ」
「アホか。
こげ子供を恐れてどうするんじゃ」
ロウウェンは鼻で嗤う様に、そう言った。
「坊主。お前、えらい身体が冷えとるのう? 寒いんか?」
仲間達は不安そうな表情を浮かべ、
二人の様子を伺っていた。
それを見ていた私も、
何か嫌な予感がするのを、抑えきる事が出来なかった。
男の子を抱えたまま、
さっさと歩いて行くロウウェンを、
悲痛な響きを伴った、
仲間の声が引き留めた。
「ロウウェン! 離れろ!!
その餓鬼、魔力を操作してる!!
魔法を使うぞ!!」
それは感知役の仲間の声だった。
男の子は何も言わずに黙ったままで、
上空に向けて魔法の球体を放り投げた。
光と煙を放ちながら、空に舞い上がって行ったソレは、
近辺の仲間への合図に使う、
信号弾の役目をしているのだろう。
「魔力を消してやがった!
そんなに離れて無いところに、大勢人間が居るぞ!!
ファーレンの魔法兵だ!!
囲まれちまう!」
私達はあっという間に、
蜂の巣を突いた様な混乱に陥ってしまった。
もう既に遅かったが、
私はようやくそこで、人間の根底にある、
狂気じみた本当の恐ろしさを、
垣間見る事が出来た様に思う。
こんな子供でさえ、兵士となって、
私達を殺そうと躍起になっている。
私は身体の奥底から来る震えを、
全く抑える事が出来なかった。
救いを求めて、ロウウェンを見たが、
彼は何も言わずに、ただ黙っていた。
「ロウウェン! その餓鬼を離せ!
俺が殺してやる!」
仲間の一人が、そう叫んだ。
「やれんのう。ワシが甘い所為で、
とんだ窮地に立たされてしもうた」
「もういい! いいから、その餓鬼を寄越せ!」
「お前、こげ子供殺して、
どうするつもりなんじゃ?」
「そいつは敵だ! 俺達を罠に嵌めやがったんだぞ!?」
「今更、この子を殺したところで、
どうにもならんじゃろうに。
大勢ようけ来ても、
お前らを逃がすくらい、訳は無い」
ロウウェンは、そう言うと、
抱えていた子供を降ろしてやった。
「坊主。仲間んとこ戻れ。
心配せんでも、後ろから狙うたりはせんけ」
男の子は何も言わず、
後ろを何度も振り返りながら、私達から離れて行った。
「場慣れしてやがる。顔色ひとつ変えねえで、
なんて餓鬼だ」
「敵との距離はどんくらいかのう?」
「もうすぐ傍まで来てる。
谷の入り口と出口から、挟み撃ちにするつもりだ。
山の中にも居る」
「ワシが一発撃って脅かしちゃるけ、
お前らは、その隙に逃げるんじゃ。
怪我した住人も、必ず連れてってやれ」
「半端じゃ無い人数だぞ?」
「子供使うて来る様な、連中じゃ。
何百人居ろうが、平気じゃ。
それより、
ユンタとヤエファを連れて来んで正解じゃったのう」
ロウウェンはそう言いながら、
身体が発火し、地獄の業火の様な勢いで音を立てる、
恐ろしい炎を身に纏った。
「来るぞ! 向こうの山からだ!!」
ロウウェンが炎を山に向かって投げつけると、
凄まじい爆音と煙が上がり、物凄い勢いの火の手が、
山を焼き始めた。
「ほれ。行け」
そして、私達は燃え盛る木々を縫う様にして、掻い潜り、
必死で逃げ出した。
ロウウェンなら心配は要らない、
仲間達の誰もが、そう思っていた。
途中、襲いかかって来る敵兵を何とか打ち倒しながら、
集落の住人も含めて、私達は誰も欠ける事は無く、
死の気配が忍び寄り、私達を脅かし続けたその山を抜け、
どうにか集落の在った谷から離れる事が出来た。
後日、私達を待っていたのは、
ロウウェンが、あの谷で殺され、
首を刎ねられたと云う情報だった。
仲間は誰一人、その話を信じようとしなかったが、
あの時、迫り来る兵士達の一群が、
子供ばかりだったと云う事を知ると、
皆、口を噤んで、
誰も、何もそれ以上言う事は無かった。
ファーレンの敵将は、あろうことか、
仲間である筈の、その子供達を人質に取り、
ロウウェンに毒を飲んで自害する様に命じた。
物理攻撃や魔法が殆ど通じないロウウェンの、
口外厳禁であった、彼の唯一の弱点を、
何故か、その敵将は知っていた。
思えば、あの谷に私達が向かう事になった時点で、
既に人間達の罠に、絡め取られていたのかも知れない。
人間達はロウウェンが決して子供を攻撃しない事を知っていた。
きっと、ロウウェンは迷う事無く、
毒を飲み干したのだろう。
この世に産まれ落ちた時から、
疎まれ、畏れられ、忌み嫌われて、
迫害され続けた、私達は、
この世界を呪い続けて、
やがて、その呪いは、
世界の喉元に突き立てる、大きな剣となった。
その剣の担い手に、
私達は余りにも情の深い、
優しい男を選んでしまったのだ。
そして、私達は知っていた。
彼が、例え相手が憎き人間だとしても、
子供であれば途端に、その激しい殺意が、
消え失せてしまう事を。
私は、激しい呪いの応酬の矢面に立たされていた、
ロウウェンに、何もしてやれなかった。
彼が身体から放つ激しい火焔が、
本当は何を焼き払うべきなのか、
彼だけが、それに気づいていた事を、
知ってやる事が出来なかった。
ロウウェン、
本当に済まなかった、
願わくば、
君の魂が、
何に脅かされる事も無く、
穏やかな世界へと、
旅立って行ける様に、
私は切に願う。
この歌は、
君を忘れ無い為の、私達が刻む印だ。
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