第九十六話『古い歌。』
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ロウウェンは事切れてしまった様に、
そのまま、もう動く事は無かった。
送り込まれていた魔力も途切れ、
僅かばかりの残滓を残して、霧散していった。
彼の胸には、
拳大の穴がポッカリと開いており、
スイの魔法の直撃を喰らった事が確かであった。
殭尸である為か、一滴の血も流れる事は無かったのだが。
「魔力が消えたようじゃの。
よいよ操り人形じゃ」
ヤエファがロウウェンの身体の傍に近づいて、
そう言った。
「ヤエファ」
ユンタがヤエファに声を掛けた。
「百年も前に死んだ者じゃ。
もう涙も枯れ尽くしとるけ」
ヤエファはそう言ってカラカラと笑った。
「あの世で大人しうに、
待っとりゃ良えものを、
こんな姿で現れよってから、
よいよ、締まらん兄貴じゃ」
「うー……、泣きそうッス……」
「ここまでして、
ガコゼは逃げ仰せようとしとるんじゃ。
アイツを取っ捕まえて吐かせりゃ、
出てくる埃は、一つや二つじゃないようじゃの」
ヤエファはそう言って、ロロの頭を軽く叩いた。
「皆、わっちの兄が迷惑を掛けてすまんかったの。
恐ろしい思いをさせてしもうた。
ほいでも、
ロウ兄が、余計な、関係の無い者まで、
傷つけんで済んだ。
本当にありがとう」
それを聞いたロロの大きな瞳から、
滝の様な勢いで、ブワッと涙が溢れ出していた。
「泣く事は無いと思うがの。
ロロちゃんは、おセンチじゃの」
「あの……!! 自分、吟遊詩人なんで……!!
古い、昔から伝わる歌とかも、勉強したんで、
知ってるんス……!!」
「そう云えば、そんな事言っとったかの」
「『おそろし谷の鬼火』じゃ、ロウウェンさんは……、
悪い狐だって描かれてますけど……、
自分の知ってる……、
『鬼火の物語』て歌じゃ、
全然違うんス……!!!」
「どんなのーー……?」
「いッスか!? 自分、歌わしてもらっても!?」
ロロはポロポロと涙を流しながら、
丁寧にリュートのチューニングを始めた。
時折、視界を曇らす大粒の涙を、
手で拭いながら。
その様子を、誰一人として、
ひとつの言葉も発する事無く、
ただ、黙って、静かに見届けていた。
そして、リュートのチューニングを終えたロロが、
嗚咽で乱れた呼吸を整える様にして、
息を大きく吸い込み、
物悲しい旋律の、
物語を書き記した様な、長い歌の一行を歌い始めた。
◆◆
ロウウェンが泣いている。
人間達から襲撃を受けた、
深い山間に在る、
亜人の集落の救援に向かった。
集落を襲った人間達はアッサリと蹴散らしたが、
襲撃時に広範囲の攻撃魔法を使われて、
集落の住人の多くが助からなかった。
その中には、まだ幼い子供達もいた。
子供達が死ぬのを目にする度に、
ロウウェンは自分の事の様に悲しみ、
いつまでも死体に縋りつき、
苦しそうに大声で泣いていた。
ロウウェンが泣き止むまで、少し離れて彼の姿を見ていた。
「まだ泣き止まないネ。ロウウェン」
一人の仲間がそう言って、私に声をかけてきた。
「いつものことだろ……。
それより何人か逃げた人間がいただろ?」
「三人ネ」
「ファーレンの兵隊じゃ無かったな?」
「正規の兵隊じゃ無さそうだったネ。
弱かったし。傭兵かなんかでしょ」
「金であんな連中雇ってまで、
そうまでして、
未だ、亜人の事を殺し足りないのかね」
「人間のやる事なんて、わかんないネ」
「こんな小さなとこ、襲ったってしょうがないのに」
魔法で破壊され、
焼け崩れた集落を見ながら、
私は仲間と、ロウウェンが泣き止むのを待っていた。
「……!……!」
ロウウェンが踞ったまま、
大声で私の名を呼んでいる。
「埋めちゃろう!!
この子ら……、死んだ人ら……、
全員、きちんと埋葬しちゃらんと、可哀想じゃ!!」
「始まったよ………。
そんなん出来るわけ無いだろ。夜中まで懸かるわ」
「おい!
誰か、手ェ空いとるの、居るか!?
せめて、
死んだ後くらい安らかに眠れんと、
この子らの魂は何処へも行かれんじゃろ!!!」
それは、
いつもの光景だった。
私はため息をつき、ロウウェンにきつい口調で言った。
「生きてる人たちが先だ。
それに皆疲れてんだよ。
いい加減にしろよ、毎回毎回……」
「お前は冷たい奴なんじゃのう……」
「お前が感情的になり過ぎなんだよ」
「可哀想じゃろうが?
こんなに小まいのに……。
もう生きとらんのんじゃろう……?
妹より、まだ小まい……。
この子が……、
い……、一体、何をしたって云うんじゃ……!?
か……がわいぞうじゃろうがぁぁぁ……、ううう……」
「また泣いた」
「ワシは……、絶対に、
子供が死なんで済む世界を作るんじゃ……。
ううう……、もうたくさんじゃ…。
亜人と云うだけで……、
なんだって、
この子らはこんな目に遭わなきゃならんのじゃ……?
どうして、
この子らは、
大人にさえ、なれんのじゃ………?」
そして、私達は生き残った者達の手当てを済ました後、
住人達の亡骸を埋葬してやった。
その間、ロウウェンの嗚咽だけが、
静かな山間の村に、
とても物哀しく響き渡っていた。
埋葬を終え、私達が村を後にしようとした、
その時だった。
「おい、生き残ってる子供が一人いたぞ」
逃げて行った、敵の追尾をしていた仲間が、
戻って来て私達にそう言ったのだ。
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