第九十四話『強者であるが故のこと。』
本日投稿の、
2話目になります!!
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風を裂く音も、微かな衣擦れの音さえも無く、
光が通過する様な速度で、
ロウウェンに放たれたシャオの渾身の攻撃は、
彼が天恵者のスキルを、
保有してさえいなければ、
確実に彼を倒す一撃である筈だった。
───『猛虎弾弾!!』
シャオの攻撃から、僅かに遅れて、
レイフォンがスキルで強化された両腕の筋肉を利用し、
最大限に圧縮した魔力と共に放った掌底も、
ロウウェンに届く事は無く、
手応えの無い炎を擦り抜けるだけだった。
「マジかヨ! 今のが当たらねーのかヨ!」
「自動で発動すると云う防御の、
反応速度が私達の攻撃の領域を遥かに上回ってますね。
悔しいけれど、勝てない!!」
そして炎と化したロウウェンは、
メイの放った攻撃魔法を、その身で絡めとり、
巨大な岩石をあっという間に、
跡形も無く熔かしてしまった。
「うわ! 熔けたし!! 知らんけど!!」
「惜しかったのう。
この能力が無けりゃ、今のでで死んどる」
ロウウェンの身体が炎から人型へと戻って行った。
「女は殺しとう無いけ、なるべく逃げてくれのう」
ロウウェンの両腕が灼熱の炎に包まれ、
片方の腕を引いた構えを取ったロウウェンから、
辺りの景色が揺らいで歪んでしまう錯覚を覚える程の、
莫大な魔力が漲っていた。
太陽が、もうひとつ増えてしまった様に、
直視が出来ない程の、強烈な熱と炎光を放ち、
その凄まじい炎を身に纏うロウウェンの姿は、
もはや、この世の者とは到底思えない、
神々しさすら、感じられるものだった。
「ユンタ。
こりゃチャガマじゃ防げん」
「わかっとるわいーーー!!
シャオちん!! ガキども!!
とりあえず結界張るけど、すぐ離れろーーー!!」
チャガマの造り出せる、
最も強度の高い結界の筈だが、
今のロウウェンの火力の前では、
余り意味を為さないだろう、
ユンタはそう考えた。
「チャガマーーー!!!
一生分くらい、分厚いの頼むからなーーー!!!」
「簡単には破らせてやらない。
幾らロウウェンが相手でも」
ロウウェンの引いた腕が、
凄まじい砲撃の様な音と共に、
火の粉を噴き出しながら、
纏った炎を放ち振り抜かれた。
───『支配者の焔槌!!』
ロウウェンの炎が、
平原の地表を融解させ、
閃光が周囲を包んだ。
攻撃を放ったロウウェンですら、
視界を奪われてしまう様な。
おそらく結界ごと、骨も残さない程に、
全てを焼き尽くしてしまうだろう。
ロウウェンは思わず顔を背けたくなっていた。
命は尽き果てて、もう自分のものでは無い肉体に、
異物の様に埋め込まれた、仮初めの意識が、
本当は自分のものでは無ければ良いのに、
ロウウェンは、そう思っていた。
「女子供殺してしもうたの。
ロウ兄、
鬼火も地に堕ちた様じゃの」
何処からか、ヤエファの声がした。
「ヤエファ。ワシゃ、やりとうてやったんじゃない。
殭尸になってしもうたけ、身体が言う事を聞かん」
「やれやれ。
聞き飽きたの。
わっちを、余り失望させてくれんと嬉しいんじゃがの?」
「どういう意味じゃ」
「わからんかの?
ガコゼなんぞの術中に、絡めとられた時点で、
ロウ兄は、自分で言う通り、
殭尸に成り下がっとるんじゃ。
動けるだけの、ただの屍にの」
「言うてくれるのう。
その、ただの屍に歯が立たんかったのは誰じゃ」
「確かに強い。
じゃが、生前の強さを引き継いだのが裏目に出たの。
自分の力を過信し過ぎじゃ。
ほいじゃけ、
わっちの幻術にも、簡単に引っ掛かる」
「!?」
ヤエファの声が止んだ瞬間、
ロウウェンの眼が捉えたものは、
自分の顔面に叩き込まれた、シャオの拳だった。
───ガチィィィィッッッッッ!!!!
視界に火花が散り、
歯が折られて血が吹き出た様な感触がした後、
ロウウェンは自分が殴られた事を認識した。
殭尸の肉体では、痛みも、
血の味と匂いもしなかったが。
「当たりました!!」
シャオが嬉しそうな声を上げた。
「幻術で目を眩まして、
ワシの防御スキルを発動させんかったか。
それにしても、巨乳ちゃん。
凄まじい一撃じゃの」
「誰が巨乳ちゃんですか!?
……僅かにですが、手応えを薄く感じました。
あの迅さでも、まだ反応の対応範囲なんですね」
「惜しかったのう。
ワシがさっきの攻撃を撃つ前に、
幻術に掛けられとったんじゃのう。
殺さんで済んだ。
ほいじゃけど、同じ手は通じんけの。
ヤエファの幻術頼みだったようじゃが、
これで万策尽きたかのう」
「アホ。
ロウ兄、まだ気づいとらんのかの?
そんな訳なかろう。
自動で防御するスキルも難儀じゃ、
見たいもんが見えん様にもなるけ」
ロウウェンはその言葉を聞いた瞬間、
ヤエファの幻術が、
自分の視界に映さなくしていた、
ロロの姿をようやく認識する事が出来た。
「ちょうど、一曲歌いきれたッスーーー!!!!」
ロロが、リュートのピックを握った拳を、
高らかに天に突き上げて翳し、
既に、掠れきった声を振り絞って叫んだ。
存在しない筈の、
観衆の歓声が聴こえた様な気がした。
(呪歌を未だ歌っとらんかったのか)
「“ありがとう、ロロ”」
倍音が増幅され、微かにひび割れた様な、
奇妙な質感の声で、スイがロロに礼を言った。
その声の正体は、
先程までスイが手にしていなかった、
管楽器の様な形状の道具に因るもので、
それに向かって声を発すると、
音の質を変容させる様だった。
それは、
この世界には存在しない為、
異世界から持ち込まれた様に思える、
“拡声器”に、
とてもよく似ていた。
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