第九話『噛み合わない。』
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スイが次々と皿をどんどんと空にしていく様は圧巻だった。
とても食べ切れないような量に見えたが、スイは一定のペースで次々と口に運んでいき、あっという間に出されたお菓子は食べ切られてしまった。
「お前………本当にめちゃくちゃ大食いじゃねーか、驚いたわ」
「そうかな?本当に美味しかった。君の分までほとんどわたしが食べてしまったね」
「いや、いい。それとさ、まだ聞きたいことがたくさんあるんだけど」
「なにかな?」
「女神の痕跡みたいなやつって、俺がこの世界に来た時にも出てきたのか?見てみたいんだけど」
スイはナプキンで口を拭きながら答えた。
「さっきも言ったけど、君がこの世界に来る前に少しだけ異変があったんだ。女神様が痕跡を遺す法則が、今までわたしたちが考えていたものと順番が違っていたんだよ。通常ならニホンから移転してくる人がいて、その後その人の周りに痕跡が遺される。だけど、リクが現れる少し前に、痕跡の方が先に国内で発見されたんだ」
「俺の他に誰かもう一人こっち側に来たやつがいるってことは?」
「いや、それは無いだろうね。他の術師もかなり広範囲に探索魔法のエリアを広げて国中探したからね。もし仮にそうだとしたら、リクの分の痕跡がまた何らかの形で遺されるんだろうけど」
「順番が違うのってなにかまずかったのか?」
「わからない。なにかの兆候かも知れないし、そうでも無いかも知れない。そもそもが把握しきれてない事象の有力な仮説だっただけかも知れないしねん」
「そうか。その痕跡は今どこにあるんだ?」
「王宮の地下の専用の場所に納められているよ。簡単に見ることは許されないから、立ち入りはきっと出来ないと思うけど。見てみたいのかい?」
「まあ、そりゃ見てみたいな」
「うーん。さすがにすぐには叶えてあげられないかもしれないけど、いつかね」
「あ、それとさ、さっきのスキルの話なんだけど、具体的にどんなスキルがあるんだ?俺さ、元いた世界じゃ本当になんの取り柄もなかったからさ……俺にも本当にあるかな?」
「その人の属性とかにもよるけど、魔法や異能だったり体術とか身体能力そのものだったり、鍛冶とか細工とか調理とか芸術とかもあるかな?戦闘に特化したスキルから、日常的に使う一般的なスキルまで、とにかく無数にあるものだからね。リクにもあるよ」
「えー?マジで期待してしまう」
「基本的なスキルは大体の生き物に備わっているものだから。それを鑑定士に鑑定してもらって付与されて、それで初めて自分の魂のようなものがスキルを認識出来て正しく能力を発揮できるんだ。稀に生まれつき体質に合わないスキルや危険なスキルを持っている人もいるからね、鑑定には力の暴走を防ぐ役割もあるんだ」
「へえ!うまいこと出来てんだな」
「だろう?基本スキルを繰り返して使っているとスキルポイントが貯まっていって、それを補助する役割のスキルや同系統のスキルが派生していって習得出来て強化していけるようになる。それらを複合させて更に強い上級スキルを持つことも出来る。初めから複数の上級スキルを持ってて扱いこなせる人も時々いるんだよ。君の世界で言うところのチート。ミナトがそうだったな」
「ミナト?」
「ああ、ミナトはね…」
スイがそう言いかけた瞬間、一瞬大地が揺れるような感覚がして、なにかが倒れる音がした。
「な、なんだ?!」
「国王様のところだ。行こう」
スイは素早く立ち上がると風のように部屋を飛び出していった。リクは慌ててその後を追って部屋を出た。
廊下の先の方で、血相を変えた兵士がこちらに向かって走ってきており、「スイ様!!ゼン様が王座の間で暴れておられます!」
と知らせてくれた。
「わかってる」
スイはリクの手を掴んで更に速く走り出すと、王座の間へと急いだ。
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玉座の間は強い風に巻き込まれたように荒れ散らかっていた。
そして、リクとスイが目にしたのはリンガレイを守る騎士団たちと、殺気立った一人の男が向かい合って拮抗している場面だった。
「ゼン殿!!お気は確かか!!国王の御前ですぞ!控えなされ!」
先頭に立ったレイシが獅子の如く咆哮し、男を威嚇したが、怯む様子もなく男は言い放った。
「国王、隣国のイファルから女神の調査隊への協力要請が出ているのは知っていたが、それにスイを同行させるというのは本当ですか?」
「ゼン殿!!」
「よいよい。ゼンよ。それは本当じゃ。なにしろイファル王からのたっての要望じゃ。儂としてはこの国で1番優秀な術師に白羽の矢が立ったことを嬉しく思っていたがな」
「何故俺ではない?スイが優秀ならば国に置いておけばいい」
「そなたも優秀じゃ。しかし、そこはそなたもわかるだろう?イファルとは長らく同盟関係を友好的に結んでいるのだ。おいそれとは断れんのだ」
「我々はイファルの狗ではないでしょう?向こうの要望ばかり通すのが政であるとお考えか?」
「ゼン殿!!大概になされよ!!!」
「2人とも落ち着いてくれ。たしかに我らはイファルの狗ではないしそのつもりも無い。しかし、この度の痕跡に関する事は今までに例が無いのだ。女神に関する事は何よりも優先して各国が手を取り合って協力していくのが儂が考える正しい道理だと考えておる。それがひいてはスイやお前たちウクルクの民を守ることになるのだと信じておるからの」
「随分と身勝手な道理を振りかざすものだな……!!」
男が静かな声で詠唱を始めると周りから音を立てて風が吹き始め、騎士達は一斉に身構えた。
「ゼン、いい加減にしなよ。そんなに大きな魔法を使ったらお城が壊れてしまうじゃないか」
スイが声をかけると、風が止み男はゆっくりと振り返った。
男の顔を見て、リクは、「ヒッッッッ」と驚きの声をあげた。
さっき森で出会った、リクがこの世界で初めて見たあの男だったのだ。
「スイ、お前はこんな話納得できるのか?」
「納得もなにも今初めて聞いたよ………。国王様?そうなんですか?」スイは呆れた様子でリンガレイに尋ねた。
「すまんのう。お前になんと言って頼むか考えとるうちに誰かが口を滑らしたんじゃろう」
「クー大臣殿から聞きましたが?」ゼンがリンガレイを睨み付けながら言った。
「あの阿保………。とにかく!スイもすまん!!じゃが是非行ってくれんか?」
「はぁ……。あなたのそういうところに私は時々ついていけなくなります」
「ゼンも説明が遅くなってすまん!お前も術師として優秀だと云う自負もあるだろうに、そこに気づいてやれなんだ。本当にすまん。じゃが今回はスイに譲ってやってくれんか?」
「わたしはまだ行くとは言ってないですよ」
「スイ!リクからも説得してやってくれんか?」
「え!?いや、なんて言えば?しかもスイに世話になって異世界暮らし満喫していくつもりだったんですけど…俺は一体どうしてたらいいんすかね?」
「儂も今絶賛困り果てておる。来たばかりのそなたにも見苦しいとこを見せたのう。宴の席で酒の力を借りてなんとか頼み込むつもりだったんじゃが。計算が狂ってしまった」
“このおっさん、なんか急にダメ親父に見えてきたな……”
「あ!リクを一緒に連れてって良いなら考えてもいいかな」
スイが急に閃いたようにそう言った。
「え?!」「スイ!名案じゃ!!」
リクとリンガレイがそう応えると、ゼンが怒声をあげた。
「スイ!!国王!!ふざけているのか?そんな得体の知れない奴を一緒に連れてくだと?冗談にしても馬鹿馬鹿しいに程があるぞ?!」
「ふざけてもいないし、冗談でもないんだけど?わたしはリクと一緒にいた方がコトハさんに会える確率が上がるかも知れないと考えてるんだよ」
「駄目だ!!中央諸国最強の精霊術師だのなんだのと煽てられて自分の力にのぼせたか?」
「はぁ?ちょっと言い過ぎじゃないかな?わたしはのぼせてなんかないよ。はぁ………。なんか面倒くさいな。そんなに怒るならゼンが行きなよ。わたしはリクと一緒にウクルクに残るよ。リクと一緒にいれたならどっちでも良いから」
「それも駄目だ!!!」
「どうしたらいいのさ?イファル王にわたしの代わりにゼンを連れて行ってくださいってお願いして頼んでみようか?国王様、それなら良いですか?」
「いや、どうじゃろ?スイの事を気に入っとって、どうしてもスイが良いスイが良いって言って聞かんかったからのう……」
「えー?国王様からももう一度頼んでみてもらえますか?」
「頼んではみるけど……。聞いてくれるかはわからんぞ?向こうも『白銀』を出すと言うておったから、随分な熱の入れようじゃ」
「『白銀』が………。へぇ~…………」
怒り狂うゼンを放って、スイとリンガレイがあまりにのんきに話をするものだから、リクはひとり心臓の鼓動が倍速で鳴っているのを感じていた。
「なんじゃ。久しぶりに会うじゃろう?嬉しくないのか?」
「別に嬉しくないとは言ってないですよ」
スイがムスッとしたような表情で答えた。
「スイ!!!!!聞いているのか!!!」
「なんだよもう!!うるさいな!!」
“全然話ついてけない!!あと、この男絶対スイのこと好きだと思う!!”
リクはそう確信した。そして、おそらくゼンが自分に後々、敵意を剥き出しにしてくるであろうことも。
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