第八話『王宮にて。』
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「おお!スイよ!!よくぞ無事に戻ってきてくれた!!そしてそちらの、この世界とは違う世界から来られた御方。よくぞ我が国ウクルクへおいでくだされた。我が名はリンガレイ。この国を治める王じゃ。そなたの名前はなんと申されるかな?」
レイシが率いる騎士団が隊列を組んで跪き、玉座に座るサンタクロースのような髭を蓄えた恰幅の良い壮年のリンガレイに忠節を誓う中、リクは居心地悪く突っ立っているしかなかったが、スイは退屈そうにその様子を見ていた。リンガレイはニコニコとしていて一見気の良さそうな好好爺に見えるが着ているものや頭に載せられた王冠の豪華さと、リクとスイを見据えてゆっくりと大きく喋る声から王族の気品と威厳がにじみ出ていた。
「あ……はじめまして!自分はナツメリクと申します!この度は大変貴重な場へとお招きに預かりまして……えーと……」
「わははははは!そんなに恐縮せずともよいよい。リク、そなたは客人じゃ。ここへ来るまでの道すがらスイから、そなたらニホンの者がこの世界でどういう存在なのか聞いておるのだろう?
その子は大変お喋りが好きな子だからな」
リンガレイがそうやって楽しそうに言うと、スイは目を細めてポツリと言い返した。
「国王様?それではわたしが少し誤解されるような言い方ではないですかね?」
「わははははは!冗談じゃ。リクよ、スイと仲良くしてやってくれ。この子は儂が孫のように可愛がっている、この国一番の優秀な精霊術師でな、きっとそなたの助けになってくれる。さて、今宵は宴じゃ。酒を酌み交わそうぞ。久しくそなたらとの世界からの来訪者が途絶えておったと思ったが、またこの国に新たな光を運んできてくれたのであろうと感謝している。そなたとは良き友になれると信じておるぞ?今、城の者総出でそなたの歓迎の支度をしておる。ゆっくりと楽しんでいってくれ」
「あ、ありがとうございます!!でも結局さっきの話ってどうなったんだっけ?日本人と女神の関係ての」
「ふむ。最後までは話しておらなんだか、スイよ?」
「ええ。国王様が今か今かとソワソワとしておられると急かされましたので」
「わっはははははは!相変わらず手厳しいのう!」
「お前……王様相手にも変わらないのな。こっちがハラハラするんだけど」
「だって事実だろう?国王様が相手だからっておべんちゃらで事実をねじ曲げて伝えたりしたらそっちの方が失礼じゃないか」
「よいよい。スイを孫のように思っているが友人でもあるのだ。この子のこういうところを儂はすごく気にいっているからな」
「そ、そうなんすか?」
「ほらね」
スイは得意気に鼻を鳴らして胸を反らした。
「はっはっはっ、本当にコトハに似てきたのう。さて、宴は夜からだからな、ゆっくりと休んでいてくれ。客間に案内させよう。スイ、リクをよろしく頼むぞ。客人には退屈な城だ。相手をしてやってくれ」
リンガレイが合図をすると控えていた侍女が、スイとリクにニッコリと微笑んで、「こちらです」と二人を客間へ先導してくれた。
「わかりました。さ、行こうリク。お腹は空いてないかい?」
「いや、さっき食っただろ」
緋色の絨毯が敷かれた長い廊下を、侍女に連れられて2人は並んで歩いた。
「なんだ君は少食なんだな。なにか甘いものなら入らない?」
「うーん、まぁ甘いもんなら食えそうかな」
「よし。ルカさん、お部屋になにか甘いものを2人分用意していただけますか?」
スイがルカと呼んだ侍女にそう頼むと、「かしこまりました」と返事をした。
「お前、よく食うんだな?」
「魔力を使うという事はとても消耗の激しい行為なんだよ。それからわたしはあちこちの精霊と契約をしていて、その子たちと四六時中繋がっているんだ。だからお腹がすぐに空いちゃうんだよ」
「そういうもんなんだな」
「スイ様はいつも本当にたくさん召し上がられますよ。それにとても美味しそうに召し上がられるので、厨房の係の者たちもいつも喜んでおります」
ルカがクスクスと笑いながら教えてくれた。
リクはスイの華奢な身体を見て、一体どこに栄養がついてるのかと疑問に思った。
「なにをじろじろと見てるんだよ?」
スイが訝しげにリクを見た。
「いや、なんでもない。そういやさっき王様が言ってたコトハさん?って誰だ?お前の姉ちゃんか?」
「お話を遮って申し訳ありません。お待たせいたしました。スイ様、リク様、こちらが客間でございます。また後程お茶とお菓子を持って参りますので、少々お待ちください」
ルカは深々とお辞儀をして、またニッコリと微笑んで部屋をあとにした。
スイは大きなソファーの上に飛び乗って腰を掛けると。手招きをしてリクにも座るように促した。
「さ、適当に座ってくつろぎなよ。それでコトハさんの事だけどね、わたしが一緒に暮らしていたニホンの人がいたって言っただろう?その人がコトハさん」
「ああ、そういえば言ってたな」
「孤児だったわたしを引き取って育ててくれた人なんだ。わたしのお母さん」
「え?!お前日本人に育てられたのか?」
「そう。十二歳まで一緒に暮らしていたかな。その後はコトハさんは国を出て行ったんだけど。わたしはそれからこっちの世界でコトハさんが結婚した旦那さんに育ててもらったんだ」
「へ?じゃあ今はいないのか?」
「うん。いない」
「お、おう。しかしあれだな。お前ってなかなか複雑な環境で育ってきたんだな……」
「そうかい?それからわたしはヤンマと…ヤンマはコトハさんの旦那さんの名前。ヤンマと二人でしばらく一緒に暮らしていたんだけれどわたしはその頃には宮廷に術師として召し抱えられていたから、お城の近くに引っ越さないといけなくなってね。それからは別々に暮らしているんだ。ヤンマとコトハさんと住んでいた家はここからすごく遠かったから」
「そ、そうなんだ。お前ほんとに優秀なんだな。ところでコトハさんは何で国を出て行ったんだ?……聞いてもいいことかな?」
「大丈夫だよ。コトハさんは女神様を探しに行ったんだ」
「さっきの話の女神様か」
「そう。さっきの話は途中で終わっちゃってたね。さっきの話の結末から後、女神様が今どこかにいるのか世界の誰もわからないんだけど、この世界の人々は今もまだ女神様の力をずっと畏れて憧れて崇め続けているんだ。願っても願ってもその姿を顕してはくれない女神様なんだけど、ある一定の法則みたいなものが発生していることが唯一わかっているんだよ」
「法則?」
「法則。君たちニホンの人がこの世界に転移してくる度に、直接接触してくることは無いんだけど、女神様は痕跡を必ず遺すんだ。
女神様の魔力がどこかの隙間から零れ落ちたようなものをね。
それは自ら発光をするエメラルドグリーンのとても綺麗な結晶のようなものなんだ。結晶といってもなにせ最強の女神様の魔力の一部だからね。
おそろしいほどに多量の魔力が圧縮されているんだ。
その欠片ひとつ手に入れることでものすごく膨大な魔力のエネルギーを所持することが出来る。
この世界では魔力っていうものは、生活する上ですごく大切なものなんだ。国の豊かさにも直結するからね。
どの国も欲しがってみんな躍起になって女神様やその破片を探しまわってるのさ。
そして、ニホンの人が優遇される理由はそれだね。女神様に繋がる唯一の手がかりなんじゃないかと考えられてるんだ」
「なるほど……」
「そしてニホンから来たコトハさんは国王様に頼まれて女神様を探しに行った。
コトハさんは国王様ととても仲良しだったし、とても優秀な人だったから。
国王様にはとてもお世話になっているし、優しい方だし、わたしは好きだけれど、でもあの時の事は少し恨んでる。
まだ幼かったしとても寂しかったからね。
わたしは正直言うと女神様のことなんてどうでもいいんだ。
でもコトハさんにはもう一度会いたい」
スイはそこで言葉を切って、リクの方へ身体を向けた。
「だから、リク。わたしは君がこの世界に来てくれたことをすごく嬉しく思っているんだ。君が現れたことで、この世界の様子が少し変わって、コトハさんにまた会えるんじゃないかと、どうしても期待してしまう。わたしはコトハさんが大好きだ。綺麗で、楽しくて、優しくて、私に名前をくれた人だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、でも俺は一体何をしたらいいんだ?なにか特別な力でも授かって、お前と一緒に旅に出るフラグか?コトハさんを探しに行くのか?」
「君のスキル鑑定に明日一緒に行こうと思っているよ。旅はどうかなぁ?本当はコトハさんを探しに行きたいけど。私も宮廷の仕事もあるから。良いんだよ、私は気長に待てるから。リクはここで暮らすのは嫌?」
「スキル鑑定……!!なんて心踊るフレーズなんだ……!!ここで暮らすのは全然嫌じゃない、むしろお願いしたいくらい嬉しい」
「わたしも君がどんなスキルを持ってるか知りたい。そしてそう言ってくれてなんだかとても嬉しいな。よろしくね。リク」
「ああ、よろしく。スイ……あ、悪い」
「あはは。今は二人しかいないし良いよ。リクがなにか魔法のスキルを持ってたら良いなぁ。そうしたら宮廷で一緒に働けるかもしれないじゃないか。良いスキルがあったら私が国王様に頼んであげるから」
スイはソファーにだらしなく身体を預けて座って、嬉しそうに足をバタバタと振っていた。
“なに?!この超絶可愛い生き物……!!正直最初は顔だけ良くて性格クソだなって思ってたけど……悪いやつじゃないんだよな”
リクがそう考えた時、ちょうど部屋をノックする音が聞こえて、ルカが、「お菓子とお茶をお持ちしました」と言う声が聞こえた。
スイは喜んで飛び上がると部屋のドアを開けて、ルカに礼を言い、アフタヌーンティーのケーキスタンドのようなものに大量に盛られた二人分とは思えない色とりどりのお菓子を受け取っていた。
“めっちゃ嬉しそう。しかし、量多いな………”
しばらくスイはお菓子を食べることに専念し、リクはその様子を見ながら出された紅茶に似た飲み物をゆっくりと飲んで待つことにした。
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