第七話『女神様の話。』
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「女神と日本人の関係?」
リクはスイに尋ねた。
二人は広場を抜けて、都の中心をグルリと取り囲む堀のような運河に沿ってゆっくりと歩いている途中だった。その先にある運河を渡る橋に向かうのだとスイは言っていた。
「そうだよ。深ーーーい関係。その綺麗で強い女神様に、この世界の人々は好かれたくて仕方なかったんだけど、あまりにもその欲求がよろしくなかったものだから愛想を尽かされてしまったんだ。それで世界の果てのようなところに女神様は逃げて行って静かに暮らしていたんだけど、ある日突然、他の誰も人のいないその世界の果てのようなところにこの世界の人間ではない者が現れたんだよ」
「それが日本人だったのか?」
「そうだね。そして、この世界のなにもかもが嫌になっていた筈の女神様は何故だかニホンの人とは仲良くなってしまってね。──恋人だったのか、友達だったのか。詳細はわからないけど、その人は女神様から惜しみ無い加護を授かったそうだよ」
「へえ、なんでまたソイツだけ特別だったんだろうな?」
「さあね。なにせ遠い昔のお話だからね。それでね、女神様がその人にしてあげたことというのが、願ったことを全て叶えてあげることだったんだよ」
「超絶美人の女神様になんでもお願い叶えてもらうとか裏山すぎなんだが」
「君が何を想像してるかはなんとなくわかるんだけど、少し違うかもね。言っただろう?女神様はとっても強い魔力を持っていたんだからね、本当に言葉通りに全ての願い事を叶えてしまったんだ」
「魔法都合良すぎだろ」
「ところが女神様は際限なく願いを叶えてあげることが出来たんだ。そんな強力な力の魔法は本来なにかしらの対価が発生してしまうから、とんでもない事になってしまってもおかしくないんだけど、そうはならなかった。女神様の魔力があまりに強すぎて魔法のルールをあっさり超越してしまったんだ。ニホンの人は富も名声も力も全てを手に入れて、幸せになった2人は仲良く暮らしましたとさ」
「なんだよ、ただただ羨ましい話なんだが?異世界でチートスキル手に入れたんですけど!しかも女神様付き!って事?」
「そう思う?まだ続きがあるんだよ」
「続き?」
「女神様にフラれた他の人々はそりゃあ面白くはないだろう?なんとかして二人を引き剥がそうとして、挙げ句の果てにはニホンの人を女神様をたぶらかした重罪人だと決めつけて各国の王様が命令を出して討伐隊まで派遣しようとしたのさ、そんなことだからきっと女神様に嫌われていたんだろうね、この世界は」
「もはや魔王扱いだな、それでどうなったんだ?」
「大切な人を悪く言われた女神様はそりゃあもう怒り狂ったそうだよ。そして今にも世界を滅ぼさんとする女神様にニホンの人が待ったをかけたんだ。それから女神様に『君は戦わなくて良い。その代わりに自分が戦う。そして強い軍隊を作ってくれ』と頼んだんだ。女神様は頼まれた通り軍隊を作った。魔力の無い者にも魔力を与えて、魔法を使えるようにする装置を産み出してね」
「普通の人間が魔法を使えるようなるってことか。でも世界の果てって誰もいなかったんだろ?軍隊なんて作れるのか?」
「その通り。ところがそこは女神様の作った優秀な装置だからね。その土地にいた動物たちにも魔力を与えれたのさ。そして動物たちは強力な魔物に変貌を遂げて、強靭な兵隊となったんだ。それが今の魔物たちの起源だって説があるね」
「本当に魔王になっちゃったじゃねぇか。それで魔物たち対人間の戦争になったのか?」
「それはもう凄まじい戦いだったらしいよ。あんまりにも長く続く戦いで世界の半分くらいを焼け野原に変えてしまうんじゃないかってほどに。もうそうなってくると女神様の暴走を他の神様たちも見過ごしてはおけなくって、人間側にたくさんの神様が味方し始めたんだ。そしてその頃にまたこの世界に新たなニホンの人が現れたんだよ」
「新しい日本人がまた転移してきたのか?」
「そう。その人は人間側の神様たちが君たちの世界から召還したらしいんだ」
「召還?すごいドキドキワクワクするワードなんだが?」
「この世界の誰にも見向きしない女神様が君たちの世界の人間とは仲良くやってるんだからね。もしかしたら女神様を自分たちの側へ抱き込めるんじゃないかと考えたのかもしれない。そして神様たちはありったけの御加護をその人に与え、女神様たちのところへ向かわせたんだ」
「勇者来たわ。でもなんだか最初の日本人が気の毒だな。悪者にされてて」
「勇者………。アハハ!」
突然笑い出したスイにリクはきょとんとして、どうしたのか?と思い首を傾げた。
「悪い悪い、その名称は良い得て妙だなと思ったのさ。勇者。ふふふ。良いね。実にウィットに富んでて」
「なんだよ?すげー嫌なやつだったとか?」
「まあそれはまた追々お話をして教えてあげようか。そろそろ見えてきたね、お城についたら一緒に王様に会いに行こう」
「気になるところで終わるなよー!」
「次の楽しみにしておきなよ。それに今から君自身もこの話に深く関わって行くことになるとわたしは思うよ?それは君が望む望まないを別にして。嫌でもこの続きを知ることになる」
「それは俺が日本から来たっていうのが理由なのか?」
「そうだよ。だからわたしは君を迎えにきたんだ」
「迎えに?そうなのか?ところで気になってたんだけど、お前あの森でなにしてたんだ?俺がこの世界に転移してくるのがわかってたのか?」
「うーん。君がこの世界に来る前に少しだけ異変はあったんだけど正確に言えば君が来るかどうかはわからなかったかな?わたしが契約してる精霊たちがあの森に拠点を構えているから、その子たちが知らせてくれたんだ」
「異変?」
「そう。だからわたし達は何事かが起きるんじゃないかと考えて備えていたんだ」
「でも俺とお前が出会ったのって、わりとすぐじゃなかったか?備えてたにしても、森からここまでかなり距離あったし随分歩いたよな?知らせから登場までが早すぎね?」
「転移魔法というものがあるからね」
「おお!!!それ聞くとお前ってやっぱり魔法使いなんだなって思うわ」
「アハハ。とても簡易的なものだけどね。それにわたしはそっちは専門ではないんだよ。わたしはたまたま精霊たちと仲良くやっていく才覚があっただけだよ。精霊たちのおかげでわたしの目は他の人よりよく見えるし、耳もよく聞こえてるんだ。それで、あの森に張ってある結界の外から君が現れたって知らせを受けたわたしはすぐに飛んでったってわけだよ。ちなみに君が最初に出会った彼が森にいたのは偶然」
「ぐぬぬ……。忘れようとしている恐怖の体験が……」
「彼は警備兵だからね。仕事をしていたんだよ。悪い奴ではないんだよ。いずれ会うことがあると思うけど許してやってくれる?」
「ま、まあ。それに関して今すぐに返事は出来ないけどな」
「いつか紹介してあげるね」
城がいよいよ目前に近づいてきて、スイの言う通り運河を渡る大きな橋が見えてきた。橋を渡ったところに重厚な鉄の門があり、2人が橋を渡り始めた時に慌ただしく開かれ出していた。
「スイ殿!!ご苦労様です!!」
開かれた門から、三人の兵隊を引き連れ無精髭を生やして官服の様な着物の上に装飾の豪華な甲冑を着けた目尻に大きな傷痕のある中年の男が現れてスイに声をかけた。
「レイシさん。ただいま」
「ご無事でなによりです!!帰還に転移魔法は使われなかったのですな?たしかシファの森にも転移のゲートはあったかと存じ上げておりましたが」
「ええ。帰りは使わなかったんです。彼と少しお話をしたかったから」
「左様でしたか。して、やはり精霊の知らせ通り……?」
「ニホンから来たそうです」
「おお!!ミズチ殿以来ですから…何年ぶりでしょうかな?」
「たしかミズチさんが来たのが四年前でしょうかね?」
「そうでしたそうでした!そちらの方、我らが国ウクルクへようこそおいでくださいました!!そしてスイ殿。陛下がお待ちしておりますゆえ、宮殿の方へ是非お急ぎくだされ」
「相変わらず皆さんせっかちですね。リク。こちらの御仁はこの国の騎士団の団長のレイシさんだよ。とても優しい人だ。それレイシさん?大事な客人でしょう?この子の名前はリクです。そんなに急かさないで名前くらい聞いてあげてください」
スイは柔らかな微笑みを堪えながら、優しい口調で言ったが、その眼は明らかに抗議の意思を含んでいた。
「いや……!大変失礼いたした!リク殿と申されるのですな?私はこの国の騎士団長を務めております、レイシと申します。矢継ぎ早にまくし立ててしまい本当に申し訳ない。改めてようこそウクルクへいらっしゃいました」
レイシがそう言って慌ててリクへ頭を下げて挨拶をしたので、部下たちも一斉に頭を下げた為、リクも恐縮しながら挨拶をかえした。
「よろしい」
スイはそう満足そうにしたあと、リクの方を見てすまなそうな顔をして言った。
「すまないね。本当に優しくて良い人たちで悪気は無いんだよ。どうもニホンの人が来ると浮き足だってしまうみたいなんだ」
「い、いや!別に気にしてない。むしろそんなに丁重にしてもらうと逆に悪いな(初対面で人の顔見て笑ったり、殺されそうになってるのを陰から見て笑ってたり、こいつの方が失礼だった気が……)」
「それなら良かった」
スイはにこりと笑うと、リクのパーカーの袖を引っ張って門の中へ入っていった。レイシたちはそのあとをついて、行進するような規則正しい足音と、ガチャガチャとした甲冑の音をたてていた。
門の中にある建物はどれも庭のついた立派な屋敷で、今まで歩いてきた街並みとは違う豪華なものが建ち並んでいた。
「ここは貴族の人たちや王族の人たちが住む区域なんだよ。色々と案内してあげたいんだけれど、もう時間が無いみたいだからまた今度にしようか。やれやれ。こうやって急かされるのがわかっていたからゆっくりと来たんだけど」
「お前、もしかして結構えらい人なのか?あのおっさんも上司に接するみたいだったし」
「わたしは国王直属の宮廷術師だからね。多少の我が儘は聞いてもらっているかな?」
「なんだよお前……最強かよ……?」
「そんなことはないよ。それより都に来てから名前を呼ばないでいてくれてありがとう。約束はきちんと守れるみたいで嬉しいよ。偉いね。リク」
急に大人びた言い方でスイがそう言って微笑むと、リクは子ども扱いされたようで恥ずかしくなり顔を真っ赤にして照れた。
「イ、イケメンかよ!!?べ、別に誉められたって嬉しくなんてないんだからな!」
「それはツンデレってやつだったかな?」
「うるさい」
「君はなかなか面白い奴だなぁ。わたしは嫌いじゃない」
「なんだよそれ?お前のツボがよくわからん」
「マジ、ウケる」
笑いながら調子外れのイントネーションでそう言ったスイを見て、リクは自然と声を出して笑ってしまった。そして、随分と久しぶりにそうやって笑った気がした。
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