第六十五話『思えばコトハはワガママだった。』
本日投稿の、
3話目になります!!
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亜人の起源は古い。
女神が魔力で造り出した魔物達が、
人間と交わり、
その間に産まれた子供達が、
亜人の始祖となったと云われる。
魔物と人間の混血である亜人は、
魔物由来の、
強靭な肉体と、獣の様な身体能力を持ち、
人間と同様に、
高い知力に依る、高度な魔法のスキルを持つ者が多い。
その後の鍛練や、
スキルの熟練度によって差がつく事も有るが、
大体において、
能力で人間に劣るということは殆ど無い。
亜人が、
今も尚、人間に畏れられ、
疎まれるのは、その為だ。
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未だ、稚い顔つきをした少女だったが、
ヤエファはコトハに油断等していなかった。
見かけに因らず、
高い魔力を持っているのは明白で、
何よりも、
威嚇の為に殺気を滲ませていた自分と対峙しながら、
怯える様子も無く、
余りにも堂々としているコトハを、
ヤエファは決して侮っていなかった。
それにも関わらずヤエファはコトハに、
まるで歯が立たなかった。
「そろそろ、
お終いにしておかないかい?」
「ゼェ……、
ゼェ……、よく喋る餓鬼じゃの……。
まだ終わって無いと思うがの……?
ゼェ……、
二度と喋れん様に、喉を切り裂いちゃろかの……?」
「うーん……。
それは多分無理だと思うな。
戦ってみてわかったけど、
君が得意とする攻撃と、
僕のスキルじゃ相性が悪すぎるんだよ。
これ以上戦っても、
君は僕に勝てないと思う」
「ゼェ……、
妙なスキル使いよって……。
仕掛けさえ知れりゃ、
死ぬんはお前の方じゃけ」
「確かに。
君の能力は驚異的だ」
「ゼェ……。ゼェ……。
いっそも、喰らっとらん癖に……」
「コトハ……。ごめんありがとう。
ウチがチンタラやってるから無理させちゃったねーー……。
でもヤエファは、
身内だったウチが、ちゃんとケリつけるから」
「ハッ!
光栄じゃの……。
ゲホッ……ゲホッ……」
「まあ待ちなよ、ユンタ。
僕は、君が人殺しをするところなんて、
見たくはないし、させるつもりも無いんだけど?
そして、ヤエファ。
僕は君を死なせるつもりも無い」
「待ってよコトハーー!
駄目だって! 国から依頼受けたんだよ!?
わざと逃がしたりしたら、問題!!
責任を取らされて、
お咎め有るに決まってんでしょーー!?」
「問題?お咎め?それはまた一体どうしてだい?」
「国の依頼を、
反古しちゃうって事になるだろーー!?」
「今日まで亜人という存在を、
僕はユンタしか殆ど知らなかった。
ユンタは優しい人だ」
「は……、はぁ!?」
「この世界に来たばかりで、
世間知らずの僕に、
あれこれとたくさん教えてくれて、
支えになってくれている。
初めての大切な友人だし、
姉の様にも思っている。
ところが今回、
そのユンタと同じ種族の人の討伐をしろ、と言われた。
こんなにも優しいユンタと違って、
討伐しなければならない程の存在だなんて、
どんなに凶悪で恐ろしい人なのだろうと思っていたんだよ」
「コトハ?」
「僕の頭の中のイメージでは、そうだな……。
もう冷酷無比の、
鋼鉄で出来ている怪獣みたいなものを想像していたんだよ?
ところが、
実際に対面してみたらどうだい?
綺麗な人だなと僕は心底思ったし、
違う形で会えたなら友人にだってなれたと思う。
彼女と君が、僕と、
何の違いが有るって言うんだい?
君はそれを、
僕が理解して、納得出来るように説明してくれる?」
「今はそういう話してんじゃねーーだろ!?」
「たかが獣の耳と尻尾がついているだけの人を、
僕は魔物だなんて到底思えないし、
これから先も、きっと思わないね」
「コトハーー!
あんたは、まだ知らないもだけどーー、
いろんな確執が世界にはあんだよ?
違う世界から来たコトハにゃ、わかんないかもだけど……」
「わかんないね。
この世界の事を僕は気に入っているけど、
くだらない風習だの、
まやかしの様な道理だのなんて、
他所者の僕には知った事では無いよ。
お咎めだろうと、お裁きだろうと、
好きにすれば良い。
僕は甘んじて受けよう。
──その代わり。
ユンタに、もし国が何かをしようものなら、
僕はただじゃおかない。
相手が国だろうが何だろうが容赦しない。
それ相応の被害は覚悟してもらう。
……と、帰ったら国王様に言おう」
コトハはケロッとした顔でそう言った。
「ヤエファ。
悪い事をしなければ生きていけない訳じゃ無いんだろう?
それに少なくとも。
僕には君が、もう何かを憎んで、
ただ暴れ回る様な人には思えないんだけれどね?」
「……随分と勝手に決めつけるんじゃの?
わっちは『指切り姫』じゃ。
大勢のアホな人間の、
指を一本ずつ切り落として苦しめてから殺したけ、
そう呼ばれとる。
この名前だけで、人間共が震えがる程に悪さをしたんじゃ。
ここで、わっちを見逃して、
後悔するのは、お前の方じゃ」
「それを決めるのは、
僕であって、君では無いと思うな」
「同じ人間を大勢殺した、
わっちが憎くは無いんかの?」
「うーん。
その中に、
もし友人がいたら、許す事は出来ないと思うけど、
生憎、僕の交友関係は、
この場にいるユンタで、
ほぼ完結してしまっているからね。
僕は正義の味方では無いから」
「人間なんて身勝手なもんじゃの?」
「まあ……、そうかな。
何かに縛られずに居られるなら、
その事で口汚く罵倒されたとしても、
僕は君の言う、身勝手でいたいかな?
君は違うのかな?」
「ははは……。
なんだかもう気が抜けたの。
良えよ。
もう抵抗せんから、好きにしてくれや。
お前が殺せんのなら、軍でも何でも呼んで、
突き出して、おしまいじゃ」
「いいのかい?」
「ああ。構わん」
「僕は正義の味方では無いけど、
自分の中の倫理には、忠実でありたいと心がけているんだ。
降伏してくれた無抵抗の君を、
軍に捕らえさせるなんて、そんな事を僕はしないよ」
「何でじゃ?恥かかせるんかの」
「恥?
僕が勝手にやった事で、
君たちが何か恥じる必要が有るのかな?」
「生き恥を晒すくらいなら、
死なせろと言うとるんじゃ」
「貸しだとは思わなくて構わない。
因みに、僕も貸し借りは苦手だ。
だから宣言しよう。
君を逃がす事は、
僕の勝手で突飛な、脈絡の無い行動だと思ってもらって、
貸し借りの概念に囚われる事無く、
カウントをしてもらわなくて結構」
「いっそ、話を聞いとらんの」
「君にはすまないけど。
僕は、そろそろ家に帰りたいんだ」
「は?」
「最近、僕には娘が出来てね」
「……それがどうしたんじゃ」
「娘であり、妹であり、
友人の様でもある。
とにかく大切な存在だ。
その幼い愛娘が家で待っている。
信頼の置ける人に、
面倒を見てもらっているから安心なんだけれど、
正直今すぐにでも帰って、彼女に逢いに行きたい。
だから早く帰りたい」
「お前、ワガママじゃの」
「うん。僕自身そう思っているよ。
しかしながら。
こんなに身勝手な理屈を、
見ず知らずの君に押し付けてしまう程に、
僕の娘は圧倒的に可愛いんだ」
コトハの顔は、冗談を言っている様にはとても思えなかった。
「この世界に、写真という技術が無い事が悔やまれる。
生憎、僕は元々スマホを持っていなかったから、
娘の肖像を収めたものも持ち歩いていない。
悔しい。
君にも見せて自慢したかったな」
「スマホ……?
……娘が居るって、何歳かの?
人間じゃけ、見てくれとそんなに、
変わりゃせんじゃろ?まだ若いじゃろ?」
「僕は十五になったばかりだ」
「十五で、もう子供を産んだんかの?」
「いや。
正確には、僕と血の繋がった娘では無いんだ」
「一人で育てとるんかの?」
「僕一人では到底無理だよ。
ユンタに助けられながら、なんとか生活してる。
僕と、僕の娘はとても恵まれている」
先程まで、命のやり取りしていた相手とする会話では、
到底無いように思えた。
不思議な女だった。
ヤエファは今もそう思っている。
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