第六話『ウクルクの都にて。』
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───多種多様。
エルフや亜人など、他種族が多くはないと聞いていたが、門から入って左右に商店や屋台や露店が軒並み建ち並んだ、石畳の敷かれた大通りを歩きながら、もう何人もエルフやドワーフ、様々な獣の耳と尻尾の生えた亜人の他、もはや異形の魔物にしか見えない様な人々とすれ違ったリクはそう思った。
アジア系やヨーロッパ系のような幅広い顔立ちをした人間も大勢見かけた。その誰もが異世界特有のものなのか、青や赤や緑といった様々な色の髪や瞳をしていた。
色とりどりの人々の様子は、賑やかな大通りの喧騒も相まってさながらハロウィンの仮装パーティーのようにも見えた。
看板や幟がいくつもあったが、この世界の文字で書かれている為、リクには読めなかった。
「人口少ないって言ってたけど!めちゃくちゃ人いないか!?それにエルフさん!あっちにも!」
リクは興奮しきった様子で隣を歩くスイとはぐれないようにしながら、露店で店主とにこやかに話す美人なエルフの女に目を輝かせた。
「それよりもそんなに他人のことをじろじろと見るものじゃないよ。あの人が困ってるじゃないか」
丈の短い、豊かな身体のラインがくっきりとわかるワンピースを着たエルフが困惑しながら微笑む姿に、デレデレとしたリクはスイにパーカーのフードを引っ張られながら歩いた。
「そんなに引っ張んなよ!だって!あのエルフものすげぇ美人だし、しかもめちゃめちゃ衣装卑猥。ツボすぎて感謝。なんなんだよ異世界最高かよ……!それに……めっちゃ巨乳だし……!異世界ありがとう!!」
「あれだな。君には何か少し気持ち悪いところがあるな」
「気持ち悪くねーよ!!男だったら普通そうなるだろ」
スイは呆れたような顔をして、つまらなさそうに言い放った。
「キモい」
「ぐぬッッッッッッ………!そういえばお前ところどころで日本語の言葉使うよな?日本人に他にも余計なこと吹き込まれたんじゃないだろうな?」
「意味は合ってた?その方が意思の疎通が早いこともあるだろう?」
「意味は合ってるけど、そういうのをちゃんと伝えなくてもいいわ」
「ハハ」
「わーーー……目が笑ってねーーー……(でも……なんだろう、嫌じゃないな……そっちの方面に覚醒したらどうしようか)」
「ひくわー。そんなことよりリク、お腹は空いてない?なにか食べたいものがある?」
「引くな!!そういえばコンビニに行こうと思ってたんだ。減ってるかな。この世界の食べ物ってどんなんだ?」
「色々とあるよ。君の口に合うものがあればいいけどね。何か適当に買って食べようか。わたしも少しお腹が空いた」
スイはリクを連れて目についた屋台の主人に声をかけると、四角に切られたパンに、焼いてある何かの肉とカラフルな野菜、それとチーズのようなものが挟まったサンドイッチ風の食べ物と果実を搾ってカップに入れた飲み物を二人前注文した。銀色の硬貨を一枚支払って会計を済まし、釣り銭と商品の入った紙袋をふたつ受けとると片方をリクに手渡した。
「はい。この先に広場があって座れるところがあるから、そこで座って食べよう」
「お、おう、ありがとう。悪いな奢ってもらっちゃって」
「どういたしまして。それよりお腹が本当に空いてきたな。早く食べよう」
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この都は五つの区画に別れるように円形に造られていて、入り口の門をくぐった時から見えていた大きな城がちょうど中心に位置しているとスイが教えてくれた。
通りを抜けたところに噴水のある小さな広場があり、ベンチがいくつかあった。周りの建物は先ほどと違って普通の住居なのだろうか、通りに比べると人通りも多くなく、とても静かだった。空いているところにスイとリクは並んで座ると紙袋からさっき買った食べ物をガサガサと取り出した。
「しかし、たくさん人がいたな。これでそんなに大きな国じゃないってのが驚きだ。この世界の人口どうなってんだよ」
「昔はもっとたくさんの人が住んでたみたいだよ。今わたしたちが歩いてた通りは商店街だから人が多く見えたんだろうね。それより見てごらん、美味しそう。いただきます。口に合いそうかな?」
スイはサンドイッチにかぶりつき、よほど腹が減っていたのか嬉しそうな顔をしてすぐさま二口目を口に運んでいた。
その様子を横目に見ながら、リクもかなり腹が減ってきていた。
“随分美味そうに食うな。でも…これなんの肉なんだ……?異世界だからやっぱり食べ物も違いそうだな。食っても大丈夫なのか?”
スイは半分まで食べたところで口をモグモグと咀嚼させながら、カップの飲み物を飲んでサンドイッチを流し込むとリクの方を見た。
「安心しなよ。牛とか鳥ではないけど、ちゃんと人間の食べれるお肉だから」
「いや!違う、美味そうに食うなって思ってたんだよ」
「美味しいよ。ああ、ようやく少し落ち着いた。今朝は起きてからバタバタとしていてなにも食べてなかったんだ」
スイはそう言いながらあっという間にかなり大きめに感じるサンドイッチを食べきると、口の端についたソースを舌で舐めていた。
リクはおそるおそるサンドイッチにかぶりついた。
瑞々しい野菜に巻かれた甘辛い肉とチーズに酸っぱい果実のような味付けのソースが絡んでいて、あまり今までに食べたことのないような味わいだったが、素直に美味いと感じた。
「うまッッッ」
「そう?良かった。この世界の食べ物が口に合って」
「食べ物も、モグモグ、少し違うんだな、モグモグ」
「なんのお肉か教えてあげようか?」
「いや、聞かないでおこうかな、とりあえず今はこの美味さに感動していたい」
「そうかい。他にも美味しいものがたくさんあるよ。でもわたしはチョコレートが一番好きだね」
「チョコ?意外とこの世界にもチョコレートなんてあるのか」
「ある。元々は無かったけど君の世界から来た人がこの世界に広めたそうだよ」
「そうなのか?!」
「わたしが産まれるずっと前にね。誕生日とか記念日とかに食べる高級な食べ物だよ」
「へえ……すげえな昔来た日本人。それに少なくとも十九年以上前から向こうからこっちの世界に転移してきてたんだな」
「そうみたいだね。まだ小さい頃に初めて食べた感動は忘れられないな。あまりにも美味しかったものだからまた翌日も食べたくて泣いて駄々をこねたものだよ。今でも大好きだ。わたしはあんなに甘くて美味しいものをこの世界にもたらしてくれたニホンの人にとても好感を持っているんだよ」
楽しそうにそう語るスイの姿に心が微かに震え、リクはチョコレートを食べさせてやりたいなと少し思った。
スイはカップの飲み物を飲みきるとリクの肩に手を置いてゆっくりと立ち上がった。
「さて、そろそろ行こうか」
「あ、ああ。ところで何処へ行くんだ?」
「お城だよ。今からこの国の王様に会いに行くんだよ」
「え?それはやっぱり俺が異世界から来た選ばれし者だからなのか………?」
「うーん、まぁそうだね。ニホンから来た人はね、この世界ではある事情でとても優遇されるし、保護しなくちゃいけない決まりがあるんだよ」
「ある事情?」
「そう。そして君を保護した私は王様に報告にいかないといけないんだ。また歩きながら話すことになるけどいいかな?」
「ああ、教えてくれ」
スイは食べおわったあとの紙袋とカップをリクからソッと取り上げると近くにあったゴミ箱に捨てた。
「すごーーーーく、遠い昔の話のことなんだけど、この世界にいつからいたのか、わからないくらい古い起源の綺麗な女神様がいたんだ。その女神様はものすごく強い魔力を持っていてね、その魔力はこの世界をすごく豊かにも出来るし、あっという間に滅ぼすことも出来るくらい強大な力だったんだ。その女神様と、君たちニホンの人たちとの間にはものすごく密接な関係があったんだ」
スイはとてもゆっくりと話した。子どもにおとぎ話を聞かせる母親のように。その優しい語り口調にリクは耳を傾けながら、スイの男でも女でもないような不思議な声に、とても心地好いものを感じていた。
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